米国では難民受け入れ制度の運用現場で、「グーグル翻訳」や「チャットGPT」」などAI技術を駆使した翻訳アプリの導入が広がっている。写真は2022年5月、メキシコのシウダー・フアレスで米国での亡命申請に関する情報を求めるために待機する移民(2023年 ロイター/Jose Luis Gonzalez)

アングル:米で活用広がるAI翻訳、難民の審査現場は大混乱

Carey L. Biron

[ワシントン 18日 トムソン・ロイター財団] – 米国では難民受け入れ制度の運用現場で、「グーグル翻訳」や「Chat(チャット)GPT」」など人工知能(AI)技術を駆使した翻訳アプリの導入が広がっている。しかし翻訳の際に名前を暦の月に誤って変換する、履歴の年月日を間違う、発音がおかしいといった不具合が多発し、難民申請という重要な作業に使うのは危険だと批判の声が上がっている。

難民のための翻訳・通訳支援を手掛ける団体「レスポンド・クライシス・トランスレーション」の創設者、アリエル・コレン氏は、「こうした事例は枚挙にいとまがない」と話し、翻訳ミスが不当な受け入れ拒否につながる可能性があると警鐘を鳴らした。同団体はこれまでに1万3000件余りの難民申請書類の翻訳を扱っている。

翻訳アプリの不具合が続いたため、難民申請した女性が自国で受けた虐待に関する重要な説明を法律の専門家が見落とし、時間切れになったケースもある。コレン氏は「機械自体が、重大な状況に置かれた人々の支援作業を行うために必要な品質のほんの一部ですら備えていない」と苦言を呈した。

コレン氏によると、レスポンド・クライシスのある翻訳者は自分が担当したアフガニスタンからの難民申請の40%で機械翻訳の問題に直面したと推定している。政府から委託を受けた業者や規模の大きな難民支援団体では、「コスト削減のインセンティブが非常に大きい」ため、AIによる機械翻訳ツールの利用が増えているという。

非営利団体「センター・フォー・デモクラシー・アンド・テクノロジー」のアナリスト、アリヤ・バティア氏によると、機械翻訳ツールが米国の入国審査でどの程度利用されているかは不明。

非営利の米報道機関プロパブリカが2019年に公表した報告書によると、入国管理当局の職員は難民申請の処理に当たってソーシャルメディアの利用を「審査」するのにグーグル翻訳を使うよう指示を受けていた。

米司法省と移民税関執行局、ホワイトハウスはいずれもトムソン・ロイター財団のコメント要請に応じなかった。ホワイトハウスは最近、AI指針に関する国の「青写真」を発表したばかり。

グーグルの広報担当者は難民申請における機械翻訳の使用を巡る懸念について、グーグル翻訳のツールは厳格な品質管理を受けており、無料で提供されていると述べた。

<AIの「訓練」に問題か>

センター・フォー・デモクラシー・アンド・テクノロジーのリサーチフェロー、ゲイブ・ニコラス氏によると、難民申請における翻訳ツールの主な欠陥はチェック機能の組み込みの難しさにある。ニコラス氏はバティア氏と共同で機械翻訳に使用されているモデルに関する論文を執筆している。

ニコラス氏とバティア氏によれば、機械翻訳はこの数年で飛躍的な進歩を遂げたが、難民申請続きのような複雑で大きなリスクを伴う場面で頼るにはまだ十分な品質とは程遠い。

そもそもアプリの学習方法に問題の核心がある。学習に使われるデジタル化されたテキストは、英語で書かれたものは大量にあるが他の言語のものははるかに少ない。そのせいでニュアンスが伝えられなかったり、単に間違った翻訳になったりするだけでなく、英語など学習のための資料が豊富な言語が「こうしたモデルが世界を見る際の仲介役」になってしまう、とバティア氏は指摘する。結果として英語使用者中心の翻訳になり、個別の言葉に関する重要な詳細を正確に把握できないケースが多発する。

シカゴ地域に拠点を置くマルチリンガル・コネクションズ社の創設者兼最高経営責任者(CEO)、ジル・クシュナー・ビショップ氏も、「チャットGPTとAIには今、誰もが注目している。しかしほとんどの場合、補助輪を外し、人の介在なく利用する準備はまだ整っていない」と話す。

プロダクション・ディレクターのケイティ・バウマン氏によると、同社は翻訳ツールやさまざまな言語について定期的に試験を行っているが、トルコ語や日本語を含むテキスト翻訳や、雑音が入っている場合のAIによる音声翻訳では問題が見つかり続けている。「法執行機関のインタビューの抜粋を処理し、機械翻訳にかける試験を行ったが、その多くは意味不明だった。時間の節約にはならないので使っていない」と言う。

チャットGPTを開発したオープンAIはコメントを控えたが、広報担当者は、法執行、刑事司法、移民、難民など「リスクの高い政府の意思決定」への使用を禁止するポリシーを設けていると指摘した。

<現場は混乱>

レスポンド・クライシス・トランスレーションではAIを駆使した翻訳ツールの不具合のせいで、コレン氏など職員の仕事が増えている。「混乱を片付けなければならないのは人間の翻訳者だ」

翻訳者の1人のサマラ・ズーザ氏は、あるブラジル人の難民申請者のために3年間協力してきた。この人物はカリフォルニア州の移民収容所に入っている際、申請書類がAIアプリによってひどい翻訳をされた。

申請書類は「非常識な間違いだらけ」で、「都市名と州名が間違っていたり、文章が逆になったり」しており、そんな書類が裁判所に送られたという。

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