娘の眼を通してみた彼

小澤征爾さん【私の思い出日記】

2月6日に指揮者小澤征爾さんが亡くなられた。友人は、彼が好んで指揮をしたベートーベンの弦楽四重奏16番の3楽章を何度も聴いてますと連絡をくれた。83歳になる姉は、毎晩FMで追悼のための彼の音楽が流されているのを聴いて、35年前にバイロイト音楽祭で、葉書大の彼のパンフレットをもらうために、やっと並んで1枚手に入れたことを思い出したと、手紙をくれた。

私も3回ほど彼の演奏を聴きに行ったことがある。最後はウイーン国立劇場のベートーベンのオペラだった。『僕の音楽武者修行』や娘さんの小澤征良著の『おわらない夏』もワクワクしながら読んだ記憶がある。

しかし、私の中には、小澤征爾さんの特別な記憶がある。

今から、40年近く前、友人の一言、「子供が小さい時に、『一流のもの』を見せたほうがよい」に啓発され、小学生の二人の子を連れて歌舞伎、パリオペラ座バレーなどに連れ回したことがある。その時、小沢征爾さんの指揮もぜひ見せたい(聴かせたい?)と、コンサートに行った。

曲目等は、すっかり忘れてしまったが、小学生だった娘が終演後どうしても小澤征爾さんが見たいというので、楽屋待ちすることになった。楽屋口に続く道のはじで待っていると、彼の奥さんと二人のお子さんが出てきて、その後小澤さんが合流して帰る姿を見た。娘はそれを見られただけで、満足したようだった。

それから3、4年たって、娘が中学生の時、友人の用事に同伴して、丸の内線に乗ってると、ガラガラの車内の向いの席に、小澤征爾さんご夫妻が座っていたという。彼は黒のジーンズに黒のTシャツと黒の革ジャン、そしてアーミーペンダントをしていて軽く足を組んでいて、とてもラフで格好良かったそう。

奥様は毛皮で美しくゴージャスだったと。娘はあの小澤征爾さんだと気づき、隣りの友人に肘で合図したが伝わらない。次に小声で「小澤征爾さんだよ」と小声で伝えたが、友人は全然反応がない。それでまた小声で「ほら音楽室にベートーベンとかモーツアルトの隣りに写真が飾ってある」とささやいてもだめだった。

しかし、二人の様子を見ていた小沢さんは、そのやりとりの意味が分かったらしく、やさしくずっと楽しそうに微笑んでいたという。その優しい顔がとても素敵だった。そしてちょっと嬉しそうでもあったという娘の感想が忘れられない。

その後、夫妻は、停車駅を勘違いして降りようとしたが、気づいて慌ててまた席に戻って来たが、小澤さんは少し恥ずかしそうに微笑んだと。その後も小澤征爾さんの名が出る度に、必ず地下鉄での話を思い出した。

その度に、彼の黒ジャンでラフな格好の笑顔が浮かんでくる。自分の記憶でないのに、まるで自分がその地下鉄に乗って、小澤征爾さんと対面していたと勘違いするくらい、鮮明な映像が心に深く刻まれている。

その後の小澤さんの活動は、指揮者としてだけではなく、後輩を育てるという活動や、子供への音楽を広める活動も多々あることを知った。あの地下鉄で平凡な中学生にずっと微笑んでいてくれた彼の優しい人柄が、それを物語っているような気がした。

小澤さんの偉大な人生に心から敬服し、感謝し、ご冥福をお祈りさせて頂きたい。