仕事は掃除で始まり掃除で終わる。

汚いことはきれいなこと?

先日、別々の用件で来社した出版社のH部長さんと、某ホテルの総支配人だったKさんが再会を喜んでいたので、どこで接点があったのかと聞いてみると、鍵山秀三郎さんのお勉強会で一緒だったとのこと。

カー用品チェーン店「イエローハット」の創業者にして、『掃除の神様』と異名をとる鍵山秀三郎さんの「凡事徹底」はあまりにも有名です。1人でコツコツと社内外を掃除して、最初は見向きもしなかった社員も少しずつ参加するようになり、それに伴って業績を伸ばしていった人です。

はじめは、従業員のためにと、社内のトイレを自ら徹底的にきれいすることから始めたのです。そしてその鍵山さんに多くの人が賛同し、トイレ掃除研修のために、全国から教師や経営者が集まってきたのです。圧巻は、経営者を連れて中国に行き、現地の汚いトイレを素手で洗った時のことです。

大きなことなす前に、身の回りから整えよということです。一番簡単なようで、一番忘れがちなことである気がします。近年は、鍵山さんは「請求書の人生より、領収書の人生を」と提唱しているとH部長が教えてくれました。求めるばかりでなく、受けていることに感謝をするという意味の深い言葉です。そんな鍵山さんのことに触れて、ふとまた思い出したことがありました。

教師時代に、4年生の子供達を連れて遠足に行った時のこと。その公園には泥沼があり、そこにはいろんな魚や植物がいるということがわかり、みんな興味深々だったのですが、だれも気持ち悪くて入れないでいました。その時、隣のクラスのA子ちゃんは、靴を脱ぎ、ズボンをまくり上げて、果敢に入っていきました。

そして、泥沼に手を突っ込んでは、次々とタニシや虫を見つけて、回りを取り囲んでいる子供たちに手渡してくれます。みんな大喜び。それを見ていた校長先生はびっくりして、上がって足を洗っているA子ちゃんに「気持ち悪くないの?」って聞いたそうです。

「ぜんぜん。だってお母さんが、汚いことはきれいなんだよって、いつも言ってるもの」と、さらりと答えたそうです。驚いた校長先生が私達教師にそのことを伝えてくれました。しかしあまりにも哲学的なその答えに、大人の我々は何も言えず、それぞれの胸の中にその言葉をしまいこんだと思います。

A子ちゃんのお父さんは公務員で車椅子を使用していました。学校行事に参加するために、いつもその車椅子を押していたお母さんの姿をよく覚えています。そしてもう1つ思い出したこと。それは、その時の私のクラスの男の子。お掃除の時、水道場に黙って立っているのです。

どうしたのと聞くと、雑巾を洗うのにお湯が出ないし、冷たくて汚いのでいやだというのです。裕福な家の可愛い坊ちゃんでした。その時も、ちょっとびっくりして、なんと言っていいのか戸惑った記憶があります。

私がどのように対応したかは覚えていません。きっと月並みなことしか言えなかった気がします。今なら鍵山さんのことを思いだして、「汚いことも思い切ってやってごらん。あとでいい気分になれるよ」って言えたのにと思いました。