血糖値の安定が認知症リスクを軽減? 専門家による新知見
最適な血糖値を維持することが、将来的に認知症リスクの低減に役立つという新しい研究結果が発表されました。8月にJAMA Network Openが発表した研究によると、安定したヘモグロビンA1c(HbA1c)は、2型糖尿病を患う高齢者において認知症リスクの低減に大きく関連している可能性があると示されています。
HbA1c は、血液中のブドウ糖量の 3 か月平均をパーセンテージで表したものです。この測定値は血糖コントロールの評価に使用します。
認知症の罹患率は今後数年間では上昇すると予想されており、医療システムや介護者に大きな負担をもたらすことが懸念されています。血糖値の安定が認知症リスクの低減と関連しているという新たな証拠は、認知機能の健康をサポートするための積極的な対策の重要性を強調しています。
血糖値など改善可能なリスク要因を特定することは、アルツハイマー病や関連する認知症の効果的な予防戦略を開発する上で重要となります。
研究結果
この研究では、HbA1cで測定した平均血糖値が認知症発症の増加と関連していることを示しました。特定の目標範囲を下回る血糖値を持続することで、アルツハイマー病や関連する認知症のリスクに変化が生じる可能性があり、血糖値の安定性は認知症発症の減少と関連しています。
研究の著者であり、ボストン退役軍人医療システムの医療サービス責任者であるポール・R・コンリン博士は、「糖尿病を患う高齢者において、患者ごとの目標範囲内で安定したHbA1cを維持することが、アルツハイマー病および関連する認知症のリスク低減と関連しています。特に、HbA1cが目標範囲を大きく下回る場合には、認知症リスクが高まります」と述べています。
このコホート研究には、糖尿病を患う高齢の退役軍人37万4021人が参加しました。参加者の大半は65歳以上の男性で、平均年齢は73.2歳でした。データは2004年から2018年にかけて収集され、参加者は基準となる3年間で少なくとも4回のHbA1c検査を受け、その期間中のHbA1cの時間(TIR)が評価されました。
「タイム・イン・レンジ(TIR)」とは、血糖値が70mg/dl〜180mg/dlの範囲内にどれだけの時間収まっているかを示す指標で、TIRが高いほど血糖管理が良好であり、糖尿病による合併症リスクの低減が期待されます。
コンリン博士は、「3年間にわたって患者のHbA1c値が目標範囲内にある時間の割合を計算します」と述べています。
追跡期間中に、参加者の11%がアルツハイマー病や関連する認知症を発症しました。特に、HbA1cが目標範囲を大きく外れた状態が長期間続いた場合、リスクが著しく増加することが示されました。特に、60%以上の時間でHbA1cが目標範囲を下回ると、認知症のリスクがさらに高まることが分かりました。
コンリン博士は、「糖尿病の継続的なケアは、心臓病、腎臓病、そして認知症などの合併症を減少させるために重要です。退役軍人が私たちにこれらの健康問題を研究するための特別な機会を提供してくれたことに感謝しています」と述べました。
今後の研究により、HbA1c TIRを増加させることで、将来的な認知症リスクを減少させることができるかどうか、確認が重要だとコンリン博士は指摘しています。
HbA1c 範囲内時間
HbA1c TIRは、血糖値が目標範囲内にある時間の割合を測定する指標で、通常は24時間のうちどれくらいの時間が範囲内にあるかをパーセンテージで表します。たとえば、ある患者のHbA1cの目標が6~7%で、その血糖値が目標範囲内にある時間が全体の60%以上である場合を指します。
たとえば、患者のHbA1c目標は6%から7%の範囲内で、血糖値が範囲内にある時間は 60 %以上と求められます。理想的には、60%の時間内も、患者の血液中のグルコースが6%から7%の間でめることを意味します。HbA1cが目標範囲内にある時間、範囲を超えている時間、範囲を下回っている時間の合計は100%になります。この指標は、単一のHbA1c測定よりも患者の血糖コントロールの全体像をより包括的に評価するものです。
「HbA1c TIRは、単一のHbA1cテストから得られるリスク情報を超えた追加のリスク情報を提供します」とコンリン博士は述べています。
目標範囲は患者ごとに異なり、その人の現在の健康状態に基づいて定められます。コンリン博士は、健康状態が良好な人には低めのHbA1c目標範囲が適切であり、重大な健康問題を抱えている人には高めの範囲が適していると説明しています。
「HbA1c TIRが高い」とは、血糖値が目標範囲内に多くの時間収まっていることを意味し、「HbA1cの変動が少ないことが望ましい」というのは、血糖値が安定していることが健康に良いとされるという意味です。
つまり、HbA1c TIRが高く、かつHbA1cの変動が少ない状態が望ましいと述べています。
血糖値と認知症の関係
近年、アルツハイマー病は「3型糖尿病」と呼ばれることがあります。これは、糖尿病やインスリン抵抗性が認知機能の低下と関連しているためです。2023年5月に医学誌「Diabetology & Metabolic Syndrome」に発表されたメタ分析によれば、この関係についてはまだ十分に解明されていないものの、「糖尿病と認知症の発症には強い関連がある」と結論付けられています。特に、糖尿病の罹病期間が5年未満である場合や低血糖がある場合に、この関連がより顕著であることが示されています。
また、2022年に医学誌「Diabetes Research and Clinical Practice」に発表されたメタ分析でも、データは限られているものの、長期間にわたる血糖値の変動が認知症のリスク増加と関連していることが示されています。さらに、血糖値の変動だけでなく、重度の低血糖を経験したことがある場合も、2型糖尿病患者におけるアルツハイマー病や関連する認知症のリスクが増加することが分かっています。
また、2021年に「JAMA Network」に発表されたコホート研究(共通の特性を持つ集団)では、若い年齢で2型糖尿病を発症すると、認知症のリスクが大幅に増加することが示されています。
原文→2022年に医学誌「Journal of Alzheimer’s Disease」に発表された研究では、前糖尿病(または糖尿病予備軍)レベルの人でも、慢性的な高血糖がアルツハイマー病の発症リスクの増加と有意に関連していることが判明しました。
コンリン博士は、糖尿病患者におけるアルツハイマー病や関連する認知症のリスクを増加させると考えられるメカニズムがいくつかあると述べています。
同氏は「たとえば、糖尿病は血管や神経にダメージを与え、その治療が低血糖症を引き起こすことがあります。これらはいずれも認知機能を変化させる可能性があります」と指摘しました。
血糖値と認知症との関連性についての一つの説明は、血糖値が脳に与える影響です。2022年に「Neuroscience & Biobehavioral Reviews」に発表された系統的レビュー研究では、血糖値の変動が健康な人の認知機能に影響を与えることが指摘されています。
「ブドウ糖は脳にとって重要な燃料であり、時間をかけた血糖値の変動が脳のエネルギー源としての利用や供給を乱す可能性があります」とコンリン博士は述べています。
血糖値の安定が認知症予防に役立つ可能性
最近のJAMAの研究では、糖尿病患者におけるアルツハイマー病や関連する認知症の発症率が高いことが報告されました。糖尿病でない人が認知機能低下のリスクを軽減するためには、まず糖尿病の発症を防ぐことが重要な戦略であると、コンリン博士は指摘しています。
「糖尿病患者における認知症リスクのメカニズムはまだ解明されていないため、これらの研究結果を糖尿病でない人にそのまま当てはめることはできません」とコンリン博士は強調しています。同氏は血糖値と認知症の関連性について、さらなる研究が必要であると述べました。
「低いHbA1c TIRと認知症リスクとの間には有意な関連性が見られましたが、これは因果関係を示すものではありません」と付け加えました。
「今後の重要なステップは、HbA1c TIRを増加させることで認知症リスクが低減するかどうかを検討することです」とコンリン博士は述べました。
(翻訳編集 清川茜)