幸福とは 人を動かすことではなく そばにいてもらえること

週末、久しぶりにのんびりとした時間が流れていました。かつて同じエリアで働いていた幹部たちのグループチャットに、旧友のひとりからため息まじりのメッセージが届きました。「日曜日に夫の強兄さんと大げんかして……何日も腹が立ってるの。お互いに険悪なままで……本当にしんどい……このままだと脳卒中になりそうな気さえするわ!」

ふたりともすでに五十代を過ぎ、それぞれ別の会社で要職に就いています。能力も高く、どちらも一歩も引かない性格で、相手を完全に言い負かすこともできなければ、誰かが一方的に相手をコントロールできるわけでもありません。

グループ内では多くの友人たちが次々と励ましやアドバイスを書き込みましたが、やり取りが続くほど彼女の怒りはむしろ強まっていくようでした。そこで私は、静かにひと言だけ書き込みました。「幸福とは、あなたがどれだけ多くの人を思いどおりにできるかではなく、どれだけ多くの人があなたのそばにいたいと願ってくれるか、ということですよ」数時間後、彼女から個別にLINEが届きました。「ありがとう。あなたのあの言葉のおかげで、心がずいぶん落ち着きました」

この目まぐるしい時代の中で、私たちはつい、どれだけ多くの人に影響を与えられるか、どれだけ多くの物事を掌握できるかが幸福につながるのだと思いがちです。まるで高い場所に立ってこそ、自分の価値を証明できるかのように感じてしまいます。しかし、本当の幸福とは、どれだけ人を動かせるかではなく、自分が必要とするときに、足を止めて一緒に少しの道のりを歩んでくれる人がどれだけいるか、ということなのです。

ある企業家は、事業が絶頂期にあり、常に多くの人に囲まれていました。自分はすべてを手にしていると思っていましたが、病に倒れて入院したとき、かつて自分の指示で動いていた人たちは誰ひとり見舞いに来ませんでした。実際に訪ねてきたのは、長年会っていなかった旧友であり、これまでないがしろにしてきた母親であり、かつてさりげなく助けた清掃員でした。その瞬間、彼は気づいたのです。幸福とは支配することではなく、寄り添うことなのだと。

幸福とは、高い場所に立ってどれだけ多くの人に指示を出せるかではなく、自分が低い場所にしゃがみ込んでいるときにも、なお傘を差し出してくれる人がいること、言葉を失っているときにも静かにそばにいてくれる人がいること、思考が迷ったときにもそっと気づかせてくれる人がいることなのです。そうした人は多くなくてかまいませんが、真心のこもった存在でなければなりません。

人生の旅路において、私たちはすべてを思いどおりにすることはできませんが、身近な一人ひとりを心を込めて照らすことはできます。他人の心を操ることはできなくても、自分の心を整えることはできます。風向きを支配しようとする必要はなく、風の中でも自分の進む方向をしっかり定めればよいのです。真心で願いの種をまけば、きっと喜びの気持ちでその実りを受け取ることができるでしょう。

どうか私たちが、お互いにとって「そばにいる人」になれますように。そして、いちばん必要なときに、離れずに寄り添ってくれる人がそばにいてくれますように。それこそが、幸福の本当の意味なのです。

(翻訳校正 正道勇)

黃駿基