河野洋平・元衆院議長が死去 自民党総裁や外相など歴任 「河野談話」を発表
自民党総裁や外務大臣、衆院議長などを歴任した河野洋平(こうの・ようへい)氏が今月8日、すい臓がんのため死去したことが分かった。89歳だった。神奈川県出身。関係者が10日に明らかにした。長男は自民党の河野太郎衆院議員。
河野氏は1937年、自民党の実力者だった河野一郎・元農相、元建設相の次男として生まれた。早稲田大学を卒業後、民間企業の丸紅飯田、現在の丸紅で勤務した。その後、1967年の衆院選に旧神奈川3区から立候補して初当選し、以後、連続14回の当選を果たした。
自民党内ではハト派の代表格として知られた。1976年には、ロッキード事件などを巡る党内の金権腐敗体質を批判して離党した。その後、「新自由クラブ」を結成し、代表を務めた。1983年には自民党と連立政権を樹立し、1985年の中曽根内閣で科学技術庁長官として初入閣した。1986年の同党解党に伴い、自民党に復党した。
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