2013年10月15日、中国・北京にて。中国の伝統的な竹簡(Shutterstock)

「半部の論語をもって天下を治む」から語る 論語の真義 序

今日のこの時代において、儒教の古典である『論語』の名を耳にするとき、多くの人が疑問を抱くだろう。「これが、現代人にとって一体何の役に立つのか」と。

それは経済学のように、モデルやデータを教えてくれるわけではない。管理学のように、プロセスや制度を分解してくれるわけでもない。ましてや、自己啓発(成功学)のように、即効性のある見返りを約束してくれるわけでもない。

その結果、それは本棚の高い場所に奉られ、文化的アイデンティティの装飾品となるか、あるいは学術研究の一課題となるにとどまり、実際にページがめくられ、重視され、自己の拠り所(安身立命)として活用されることは極めて稀になっている。

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