【漫画(MANG)往来】オンリーワン『諸星大二郎』②
【大紀元日本3月16日】
第一話 黒い探究者
『妖怪ハンター』の連載は1974年、週刊少年ジャンプで始まった。単行本初版が1978年である。単行本の扉を開けると物語の主人公・稗田礼二郎が、旅烏のスーツケースを右手に持ち、ズボンのポケットに左手を少し突っ込んで、真っ直ぐに立っている。第一話・黒い探究者の扉絵に凛々しく描かれた。
センター分けの漆黒の長い髪が後ろに微かになびき、眼光は何かを見据えて鋭く真正面に放たれている。黒いネクタイを初めての少年がそうするように礼儀正しく締め、清潔な真っ黒いスーツ姿をキメ込んで、全身黒ずくめの出で立ちで登場する。足元も黒い革靴でまとめられた。郷に入れば、郷に従って妖怪世界にアプローチしなければ、身の安全は保障しがたい。妖怪が実在すると確信するからこそ着想した、メディウム(異世界同士を媒介するもの)のスーツなのである。妖怪界のフィールド調査をライフワークと決断した、出生不明の窺い知れない異色の主人公の誕生だった。
稗田礼二郎は学会から破門された異端の考古学者である。妖怪の実在を確信する論文を学会で発表したことが災いして、学会の正統から零落(神々から落ちこぼれた妖怪の姿とまったく同じだ)した。しかし礼二郎の信念は揺るぎもせず、わが辿るべき道を歩み通して学者としての良心を全うすべく、妖怪探究に情熱を捧げる決意をさらに固めたのだった。
探求ではなく「探究」こそが、目指されねばならない。妖怪ハンターの世界の特異なストーリー展開を下支えする、主人公の魅力の根幹神経はこの真摯な姿勢に発する。妖怪世界をフィールドワークする学者としての、稗田礼二郎のシークレットなダンディズムなのである。さらに諸星・大二郎=礼二郎・稗田のスタンスの隠し味が、諸星ファンの読みどころでもある。
諸星大二郎の『妖怪ハンター』に、妖怪退治の活劇ストーリーを期待するのはお門違いだと言わねばならない。妖怪の実在を冷静な傍観者のように「検分=見聞」する探究ができれば、稗田礼二郎の妖怪学者としての信念はそれを良しとするのである。妖怪の実在は・・・、そうともそれは、・・・その現場に立ち会わない者には永遠の謎でしかない。白日の光の中で妖怪を証明しようとすれば、影を本質とする妖怪の実態は消え失せてしまう他ないからだ。妖怪の姿そのままをこのままに、この世の良識の目の光に耐えうるように持ち出してくることは出来ない。・・・ということを礼二郎はよく知っている。
稗田というネーミングは稗田阿礼(ひえだのあれ)から採られている。稗田礼二郎は「稗田阿礼と諸星大二郎」が母体となって生まれた主人公である。稗田阿礼は太安万侶(おおのやすまろ)に口述筆記させて、『古事記』を712年に完成させたという人物だ。阿礼は果たして男性だったのか・・・? 巫女であったとも言われる。実在を疑う人もいる。阿礼もまた稗田礼二郎と同じく出所不明の謎の人物なのである。
ともあれ稗田礼二郎は、阿礼の末裔とおぼしい設定がなされた。阿礼という名の言霊(ことだま・言葉の威力や作用)には、生=産(あ)れという働きによって、命や物を生成する意味が吹き込まれている。存在しないものを存在あらしめる、言葉の本来の力を支配する能力も持つ人々が、代々に渡り稗田の姓を継承していたのであった。その正当な子孫・稗田礼二郎が、廻りまわって目くるめく現代妖怪のフィールドワークに挑戦する。第一話・黒い探究者ではどんな妖怪と立ち向かったのか、諸星大二郎のストーリー作りの隠し味を、これからハントしてみることにしよう。