<大地震!その時私は> 東京のオフィスで
【大紀元日本3月22日】3月11日、大地震発生時、私は東京にある会社で勤務中だった。高層ビルの17階にいたが、その揺れは半端ではなかった。従業員たちは机の下に潜り込み、隣にあった椅子は滑ってガタガタと音を立てた。衣服をかけていたハンガーがドーンと倒れた。同僚は、「気持ち悪い」と何度も口にした。
揺れがある程度収まり、また仕事を始めようとしたが、その後何回も余震が続き、同僚たちは落ち着かなかった。ビルのスピーカーからエレベーターが停止したとの知らせがあり、津波の恐れがあるのでビルの外に出ないようにとのアナウンスがあった。
午後5時半過ぎ、電車はすべて運休。残りの作業を片づけてから、帰宅しようとしてもどうやって帰れるか分からない。ある同僚がいいアイディアを口にした。「チャリ(自転車)を買って、それに乗って帰ろう」。しかし、チャリは既に売り切れだった。何人かの同僚は電車が復旧してから帰るといい、食品を買ってきた。家族に電話がつながらず、状況が分からないこと、そして彼らが私の安否を心配しているだろうと思った私は、グーグルで会社から自宅までの大まかな地図を印刷し、出発した。
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