【大紀元日本6月12日】さまざまな古代中国の物語が伝えるのは、「善悪には応報がある」ということ。善い行いには果報があり、悪い行いには災いがやってくる。このシンプルな法則が、私たちの人生を決めているとしたら・・・?
広東省湖山にある慶雲寺の長老・大慧はある日悟りを開き、天機を知った。70歳を超えていた彼は医術と観相に精通し、人間の宿命を予見することができた。
ある日、高要という県の長官が遊山にやってきて、慶雲寺を訪れた。高要につき従う官_li_の中に、劉という名の男がおり、大慧とは古くからの知り合いだった。劉が高要に大慧を紹介すると、高要は彼に占いを依頼した。
断りきれずに、大慧は高要のために観相を行うことにした。彼は高要に椅子を勧め、リラックスするよう促し、顔をしばらく眺めてから言った。「人々の命が、長官の手中にあります。徳を積むことで、長寿が得られるでしょう」。高要は、更に自分の前途について尋ねた。すると、大慧は微笑しながら、「私は人の運命を予言するのは得意ではありません。多くの徳行を積んだ人には、おのずと福が訪れるものです。長官の善良な心は、民衆にとって大きな幸せです」。大慧が多くを語らないのを見て、高要は茶席を後にし、劉に詳しく聞きだすよう指示した。
大慧は劉と二人きりになると、率直に言った。彼の観相によれば、高要の顔からは光と瑞気が消えつつあった。「長官の顔には黒い気があり、お命はあと一年も持たないでしょう。幸いにも、元々のよい気はすべて消失していません。つまり、彼はまだ救われるし、死ぬと決まったわけではありません。彼は民衆の上に立つ高官であり、彼の一挙手一投足、彼が決定する政策も、すべて民衆の命と安全に関連しています。もし彼が善念を保ち、人々を助けるなら、民衆は大きく受益するでしょう。徳を積めば長寿が得られると予見しましたが、それはあながちうそではないのです」
劉は高要にすべてを打ち明けることはせず、ただ今後数ヶ月の間に、一つでもよいから善行を積み、多くの人々を助ければ寿命が延びると告げた。
間もなく、西潦一带を洪水が襲った。水かさは数メートルにも達し、一晩で農地と家々を飲み込んだ。山に逃げのびた高要は、多くの村人たちが濁流に流されているのを見て、なす術もなかった。よく見ると、若者や強い者は船に乗り込み逃げているが、小さな子供たちや赤ん坊が流されている。長官は直ちに、子供を助けた者には銀を授けるとのお触れを出した。助けた人数が多ければ多いほど、もらえる銀も多くなる。それを知った村人たちは必死になって子供と赤ん坊を船に乗せ、合計400人の子供たちが助かった。水が引くと、彼は米蔵を開放して人々に施し、家をなくした人々に住む場所を与えた。
その後、高要は恵州の知府に赴任された。ある日、彼が羅浮山を通る時、大慧に再会した。大慧は高要に言った。「善良な心を持つ人は、最後には報われるのです。あなたの寿命は延長されました」
善行にも、悪行にも、報いがある。それが現世で訪れるのか、来世で訪れるのかは、天機を知った者でなければ分からない。
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