中国伝統文化百景(1)

神話―中国文明の曙光

平成24年に『古事記』編纂1300年を迎え、日本では国家の成立、人類の誕生、天地開闢などがあらためて提起され、多大な関心が寄せられている。

文化圏の中国でも近年、伝統文化のブームがしだいに高まり、その中で神話伝説への関心度が突出し、関連の研究も優れた成果を多く挙げている。しかし、裏付けとなるような詳細な資料の欠乏、マルクスの史的唯物論などに囚われているため、中国における神話伝説の研究、とりわけ宇宙創成や生命誕生など神話の根本的な問題に関しては、たいてい同じ唯物的次元で徘徊し、諸家の論考に小異はあっても大差はないのである。

しかし、古書などで中国の神話伝説に接すれば、その自然性はきわめて強く、いかにも合理的な存在である。このような現象に対し、従来の論理と解釈では如何にしても腑に落ちないところが多い。そのため、従来の中国神話研究と異なるアプローチを試みることを考え、小文の執筆を思い定めた次第である。

本連載は、中国神話伝説を「中国伝統文化」の一部として取り上げ、なるべく歴史の実態に即し、古人の宇宙観に立ちつつその原形を追い求めてみたい。そして、神話研究で往々に回避され、否定されがちな問題をも提起し、より一層の議論、考察を促す一助になれば幸いである。

1、神話について

神話とは?

人類文明の歴史をさかのぼると、ギリシャ神話、日本の『古事記』にある神話、中国の神話のように、どの文明も神話から始まっている。人類文明の起源として、神話は各文明とどのような関係があるのか、それらが人類文明史上においていかなる役割を果たしてきたのか。これらのことは従来、神話研究において避けることのできない重大な課題であり、人類文明への認識においてきわめて重要である。

神話とは一般的に、「原始人・古代人・未開社会人などによって口伝や筆記体で伝えられた、多少とも神聖さを帯びた物語で、宇宙の起源、超自然の存在の系譜、民族の太古の歴史物語を含むもの。その起源は、自然現象を疑似的に解釈しようとしたことや、人類の共通な無意識・下意識の欲望を投影したことにある」(『日本国語大辞典』、小学館、昭和49年9月1日)と定義され、または「一般には絶対的なものと考えられているが、実は根拠のない考え方や事柄」(『日本国語大辞典』小学館、昭和49年9月1日)とされている。

神話の語源

「神話」(myth)という語を、古代ギリシャ人は「言葉」とか「話されるもの」という意味に使っていたが、後代になって、「神性的存在態について語られるもの」という特別に限定された意義を帯びるようになった。(『世界大百科事典』、平凡社、1972年4月25日出版)

日本の古典には、「神語」(かんがたり)という語はあるが、「神話」という語もなく、その概念もない。明治20年代末に、英語の「myth」を「神話」と訳して以降、神話という概念がしだいに定着し、それについての研究も繰り広げられてきた。

中国の古典にも、「神話」という語はなく、かわりに「怪」「神」「諧」「異」などのような言葉で「神話」に関する諸々の事象を綴っている。梁啓超(りょうけいちょう)は日本に亡命した後、1902年1月に東京で『新民叢報』を立ち上げたが、『新史学』シリーズの一つである「歴史と人種との関係」という文の中で、はじめて「神話」という言葉を使った。これは日本の訳語を借用したものであったが、それ以降、蒋観雲(しょうかんうん)などの中国の学者もこの語を踏襲するようになり、しだいに普及してきたのである。

2、神話の特性と分類

神話の特性は一般的に「(1)超自然性であること。(2)物語のなかの霊格が必ず人格化・人体化されていること。(3)共有性があること。(4)宗教性があること。(5)文化的力があること」とされている。

神話はおおよそ以下のように分類できる。(1)自然神話と人文神話。(2)低級神話と高級神話。(3)記述神話と解明神話。(4)物語の内容の主題を基準として、たくさんの型に分類されるもの。世界創世神話、世界形体神話、太陽神話、太陰神話、星辰神話、雷霆神話、風雨神話、洪水神話、火の起源神話、祭儀神話、風習神話、人類発生神話、恋愛神話、婚姻神話、死の起源神話、冥府神話、英雄神話などがその主なものである。

(5)神話の主題となる超自然的な霊格に対して、人々がどのようなこころ組みで臨むかを基準として、A. 霊格の意思を動かそうとするところから発生・成立したもの。B. 霊格を知ろうとするところからできたもの。C. 霊格を描こうとして作られていったものの三つに分類される。

3、中国神話の分類と特徴

近代以前の中国には神という概念はあったが、「神話」という概念はない。中国神話、とりわけ道教と佛教ができた以降に誕生した神話は一般的に、人が超常の力を得てなる仙人とほぼ一体化し、歴史上に神になった人物と一体化したものが多い。そのため、人を超えた絶対神の影は比較的薄く、神話世界の神々は往々にして人と神と仙人が混然としているのである。こういった景観は、日本神話やギリシャ神話などとは大きな違いがある。

中国神話は一般的に、「神話」「伝説」「仙話」に分類される。神話と伝説のもっとも大きな違いの一つは、神話の主人公は神、または半分が人であり半分が神であり、その容貌や能力が超現実的な色彩が強い。伝説の主人公は一般的に人であり、その容貌や能力が現実的である。もう一つの違いは、神話はおおむね超現実的な事象を伝えるが、伝説は現実的または現実に近いことを物語るのである。一方、神話と伝説はつねに一体化しており、明確に分類しにくいものも少なくない。

仙話は中国神話の変種またはそれの末流であり、戦国時代に源を発している。仙話は主に、道家の理念に基づいて修練することや、修練によって不老不死の仙人となる話や、得道した者が勧善懲悪を行う話である。

他の民族に比べると、中国の神話は量が少なく、物語的な構成に欠けており、断面的なものと思われる。一方、実際のところ、かつてはそうとう豊富な内容を有する神話が存在していたが、何らかの理由により途中で消滅してしまったとの見方もある。

中国神話の世界では、信仰の中心は神々への崇拝というより、長命長寿で、不死の仙人となるのが主なものである。そのため、神とは人が仙人の修行を経てなる存在という色彩が強い。すなわち、中国神話は神・仙人・人の三者が入り混じった状態で成り立っているのである。

中国神話は、ギリシャ神話などのような系統性、連続性、体系性を欠き、ただ古書に断片的に記され、または限られた範囲で限られた方式で口伝されていたに過ぎない。『山海経』のようなまとまった記述があっても通常、質量ともギリシャ神話と一概に論じられないとされている。それゆえ、中国神話は、ギリシャ神話のように重要視されていなかったのである。

中国の文化に多大な影響を与えてきた儒学は、現世や現実を重視し、「子、怪力乱神を語らず」(『論語』)のように人倫人道の範疇を超えているひょうびょうたるものになるべく触れようとしない。そのため、中国神話は道教や佛教にしか取り上げられず、その影響により民間での伝承もある程度制限されていたのである。

一方、中国文明の起源としての太古神話、文明の進展に伴って誕生したそれ以降の神話は、他の文明の神話に見られない独特なものがあり、中国の文明史において多大な役割を果たし、深い影響を与え続けてきた。

グローバル時代を生きる現代人にとって、中国神話をどう見るべきか、そして中国神話よりいかなる啓発を受けることができるだろうか。本連載では中国神話の中で代表的なものを取り上げ、皆様と一緒に鑑賞、吟味したい。

(文・孫樹林


孫樹林(そんじゅりん)1957年12月中国遼寧省生まれ。南開大学大学院修士課程修了。博士(文学)。大連外国語大学准教授、広島大学外国人研究員、日本学術振興会外国人特別研究員等を歴任。現在、島根大学特別嘱託講師を務める。中国文化、日中比較文学・文化を中心に研究。著書に『中島敦と中国思想―その求道意識を軸に―』(桐文社)、『現代中国の流行語―激変する中国の今を読む―』(風詠社)等10数点、論文40数点、翻訳・評論・エッセー等300点余り。

 

 

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