誰かが必ず見ている
【故事】悪事は隠せない 夢を見て悟った男
昔、子供がいたずらをすると年配の人がよく「お天道様がみているよ」と言って諭したものです。善行も悪行も、天がすべて見ているという感覚を養うことは、子供の躾において良い面があるのかもしれません。清朝の時代に書かれた「閱微草堂筆記」から、因果応報の理を説いた小説をご紹介します。
昔、崔(さい)という男がいた。ある日、崔は金持ちで権力ある一家との争いに巻き込まれたが、負けてしまった。彼は身の潔白を示す十分な証拠があったが、訴訟では聞き入れられず、悲しみと憤りで打ちひしがれていた。
その夜、崔の夢の中に、亡くなった父親が現れた。彼は息子に言った。「人は人間を騙すことができても、神を騙すことはできない」
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