中国明王朝の建寧府知府事を務めた郭子章は、誠実で有能な人でした。ある日、郭子章は新任の役人として水西路へし赴任する際、前橋というところを通る時、周辺の風景があまりにも美しかったため、心が晴れやかになり轎(きょう)から降りて、歩きながら周辺の風景を鑑賞することにしました。
郭子章が風景を鑑賞しているところ、一匹の猿が山頂から走って降りてきて、郭子章一行の中に駆け込み、一人一人を念入りに見ると、鳴き出し始めました。随行の人は猿が郭子章を傷つけると恐れ、急いで猿を追い払いましたが、猿はそこを離れず、鳴き続け、その鳴き声はとても甲高く悲しげなものでした。
郭子章は猿の異常な行為を見て、この猿は山中の野生の猿ではなく、人に訓練された猿ではないかと感じ、きっと何かの困り事で人に助けを求めにきたのだと思い、猿を追いはらわないように命じました。
すると猿は、向きを変えて山頂に向かってゆっくりと走り出しました。走りながら何度も頭を振り向ける様子はまるで「私についてきて」と言っているようでした。郭子章はきっと何かがあると思い、機転が効く頭のよい部下に猿の後をついて行かせました。
しばらくすると、部下は猿を抱いて帰ってきて郭子章にこう報告しました。「猿は山の樹叢(じゅそう)の中に入ると、悲鳴をあげました。よく見るとそこには一人の男が死んでいました。何日も経っていたようで、顔も判別できず、お金は持っておらず、猿を訓練する道具しか持っていませんでした。」
郭子章は「これは殺人事件に違いない。この猿は死者が生前に飼い馴らし育てられてきたので、飼い主と離れまいとしているのだ。飼い主が殺害された時、猿はきっと現場を目撃しており、犯人の顔も覚えているだろう」と言い、猿を連れて屋敷に帰ることにしました。
その夜、郭子章は眠れず悩みました。「この案件の唯一の手がかりは猿しかいない。どうすれば犯人を捕まえることができるだろうか?毎日猿を連れて犯人捜しに行くわけにもいかず、どうすればいいんだ」その時、一瞬いいアイディアが閃きました。それは猿を公開審判することです。猿を裁判することは前代未聞のことなので、きっと大勢の人が見にくるでしょう。そして、その中には犯人がいるかも知れないからです。
次の日の朝、郭子章は部下を呼んで、三日間連続で国の銀塊を盗んだ猿を公開審判する噂を町の中に撒き散らすよう命じました。建寧府の人々はこれを聞き、猿を審判するなんて、新任の知府は一体何をするつもりかと興味深く思いました。
猿の審判の日がやってくると、若者からお年寄りまで大勢の人が見にきました。裁判場の真ん中に置いた椅子には一匹の猿が座っており、知府の郭子章は真面目な顔で尋ねました。「この頑固な猿よ、早く言え!国の銀塊を盗んだのはお前に違いないだろう!」当然ながら猿は郭子章の話を聞き入れず、周囲を見回すばかりでした。それを見て人々は密やかに笑い始めました。
郭子章は続けて尋ねました。「早く言え!そうでなければお前に罰を与えるぞ!」猿は彼の言葉がわかるわけがないので、周囲をきょろきょろ見るばかりでした。人々はそんな郭子章を見てひそひそ話しています。
この時、一人のかごかき風の男が口を開きました。「知府様は気が変になっていませんか?猿を審判するなんて、今まで聞いたことがありませんが」話がまだ終わっていないのに、猿は急に椅子から飛び降りて、人の群れをかき分けその男に飛びかかりました。男は怖くて顔色が真っ白となり、あわてて手で猿の攻撃を防ぐと、猿を振り払って逃げようとしました。
この時、郭子章はその男を捕らえるよう命じました。そして大声で問いつめました。「大胆なやつ、なぜ捕らえられたか分かるか?」男はすぐ跪いて、許しを請いました。「手前、先ほど無知で高慢な言葉遣いをしてしまい、申し訳ございません。ぜひ、お許しください」
郭子章は冷笑しながら「言葉遣いが高慢なのは小さなことだが、人の命を殺めることは大事なことだ。前橋山の男の死体は一体どういうことだ!お前が殺し、あそこに捨てただろう!早く話せ!」男は自分の言葉が知府を怒らせたと思いましたが、あの殺人事件がばれるとは考えもしなかったので、心が乱れ、手足が震え始めました。
罪を否認しようとしたところ郭子章は続けて言いました。「この猿は死者が飼っていたもので、お前の顔を覚えていて、犯人だと指摘した。言い逃れることができると思っているなら、大間違いだ!」この時、猿は男に対して歯をむき出し口をゆがめ、怒りをあらわにしていました。
男は否認できないと知り、犯罪の経緯を話しました。死者の名前は陳野、建寧府の乞食で日頃は猿回しをして生計を立てていました。日が経つにつれ、陳氏の収入も増えたので、銀塊を貯めることができました。
ある日、お店で陳氏の銀塊を目にした男は、彼を殺して銀塊を奪う念が生じ、密かに陳氏の後をつけました。前橋山の下まで来た時、陳氏が気付かないうちに彼を殺し、死体は山の中の樹叢に捨て、銀塊を強奪して逃げました。男は誰も知らないだろうと思いましたが、この全ては猿の目に入っていたのです。
郭子章は男に死刑の判決を下し、朝廷の承認が得られ次第処刑すると命じました。
建寧府の人々はやっと猿の審判の真相が分かり、郭子章の名前は広く知られるようになりました。
(翻訳編集・唐玉)
※正見ネットより
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