ヤマニ元サウジ石油相が死去、70年代のオイルショックで注目
[ドバイ 23日 ロイター] – サウジアラビアの国営メディアによると、1973年の石油禁輸措置を主導したアハマド・ザキ・ヤマニ元石油相がロンドンで死去した。91歳だった。
解任される1986年まで24年にわたり石油相を務め、1970年代の2度のオイルショックで世界の注目を集めた。
75年12月のウィーンでの石油輸出国機構(OPEC)会合では、ベネズエラ人イリイチ・ラミレス・サンチェス(通称カルロス・ザ・ジャッカル)率いる過激派グループの襲撃事件で一時人質となった。
関連記事
日本から1万4千km離れた資源国・アンゴラ。友好50周年を迎え、茂木外相が現地を訪問。長年の復興支援から、レアアースなどの資源開発を通じた「対等なパートナー」へと進化する両国の最新動向を伝える
茂木外務大臣がアフリカのケニアを出張している最中に、イランのアラグチ外務大臣からわざわざ求められる形で電話会談が行われた
日本の外務大臣として実に42年ぶりとなる歴史的なザンビア訪問。世界有数の重要鉱物を有する同国との絆は、私たちの未来をどう変えるのか?
高市総理はベトナムで演説し、提唱10年を迎える「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」の進化を宣言。宇宙・半導体での日越連携や、エネルギー安保を柱とする「パワー・アジア」構想、安全保障能力強化支援(OSA)の拡充を通じ、地域の自律性を高める新たな指針を示した
高市首相のベトナム訪問し日越首脳会談を行った。両国は「経済安全保障」を新たな協力の柱に位置づけた。半導体やAI、宇宙、エネルギーなど、未来に向けた強固な連携と今後の展望を伝える