焦点:「約束の地」がつまはじき国家に、戸惑うミャンマー進出企業
[シンガポール 9日 ロイター] – ミャンマーで軍によるクーデターが発生した直後、同国で事業を展開する米飲料大手コカ・コーラから米交流サイト(SNS)のフェイスブックまで外資企業55社は共同声明を発表。事態に「深い懸念」を表明しながらも、ミャンマーにとどまり、そこで働く人々の雇用を守ると約束した。
それから1カ月が経過し、この約束が本物かどうかが問われつつある。大規模な抗議行動やゼネストなどによってミャンマーの経済活動はほとんどまひし、軍がデモ参加者を相次ぎ殺害していることでボイコットや制裁を求める声が出てきたからだ。
こうした中で、共同声明に加わっていたオーストラリアの石油・天然ガス大手ウッドサイド・ペトロリアムが急に態度を翻したことが、事態の難しさを浮き彫りにしている。同社は2月27日、暴力を巡る懸念を理由にミャンマー事業を縮小し、海底油田探査チームを引き揚げる方針を示した。わずか1週間前には掘削事業に影響はないと説明したばかりだった。
今週に入ると、スウェーデンのファストファッション大手H&Mが、輸送と製造の両面の混乱が生じていると述べ、ミャンマーへの新規注文を停止したと明らかにした。H&Mはミャンマーのサプライヤー45社と直接取引があり、やはり共同声明に署名していた。
H&M広報担当者は「われわれは、ミャンマーの人々にマイナスの影響を及ぼさない方法を確保するため、さまざまな分野でバランスを取るのがいかに複雑な作業かを完全に認識している」と話した。ミャンマー事業の長期的な方針はすぐに決めないという。
キリンホールディングスは、アクティビスト(物言う株主)からの圧力を受け、ミャンマー軍とつながりがある合弁相手との提携解消に動いている。
クーデター発生以降、デモ参加者の死者が50人を超えるなど軍の暴力はエスカレートしている。企業としての評判のリスクを気にする進出企業には、先行き不透明感が一層強まっているのが実情だ。
米戦略国際問題研究所(CSIS)の東南アジアプログラム上席アソシエート、マレー・ヒーバート氏は「この状況が何カ月も続けば、恐らく全面撤退する企業が増えるだろう」と予想した。
<リスク覚悟>
外資企業にとってミャンマー事業は長らく、高いリスクを背負いながら何とか高いリターンを獲得しようと格闘する歴史だった。
50年間にわたる軍政の後、2011年に市場が対外開放されたミャンマーは、アジアに残された数少ないフロンティア市場と見なされ、外国からの直接投資が急増。世界銀行によると、ピークとなった2017年の資金純流入は47億ドルと、10年の9億ドルを大幅に上回った。
もっとも今回のクーデター発生前から、外資は貧弱なインフラや慢性的な停電、法令上の不透明さ、軍が経済の大部分を支配する構図といった問題に悩まされてきた。
ミャンマーにおける全ての外資は今後の対応策を講じたり、講じる工夫を考えたりしているが、特に重圧が強まりそうなのは、最も古くから事業展開しているセクターの1つであるエネルギー関連企業だろう。
同国の人権状況を担当する国連のトム・アンドリュース特別報告者は先週の報告書で、各国はミャンマー石油ガス公社(MOGE)に制裁を科すべきだと提言した。MOGEは軍が支配し、その最大の収入源となっている。
1992年以降ミャンマーで事業を行っているフランスの石油会社トタルと米石油会社シェブロンは、海底ガス田の大規模開発でMOGEと提携している。シェブロンの広報担当者はあらゆる適切な法令と制裁を守ると述べた。トタルは制裁が視野に入っているかとの質問にコメントを拒否した。
通信やインターネット企業も厳しい立場に置かれる。通信サービスの一時的遮断や、人権を脅かすサイバーセキュリティー法改正の動きに対応しなければならないからだ。
ミャンマーで携帯電話事業免許を取得しているノルウェーのテレノールは8日、法改正が軍の権限を広げ、市民の自由を制限していると指摘し、健全な法体系を復活させるよう訴えた。
フェイスブックは2月2日、ミャンマー軍が同社とインスタグラムのサービスを利用するのを停止している。
<誰のための事業か>
企業が現在のミャンマー情勢にどう対処すべきかを巡っては論戦が熱を帯びている。
ミャンマー専門家で19年の国連調査団メンバーだったクリストファー・シドティ氏は、軍が政府を全面的に乗っ取った以上、全ての外資はミャンマー事業を取りやめる必要があると主張する。
一方英国のNGO「ビルマ・キャンペーンUK」は西側のブランドに対して、提携相手は吟味しつつも、ミャンマーの労働者を見捨てないでほしいと要望した。同国でH&M、アディダス、ギャップ、Zaraといった欧米アパレル企業向けに製品を出荷する工場が抱える雇用は50万人近くに上る。
コンサルティング会社コントロール・リスクズのディレクター、ジョン・ブレイ氏は、ミャンマー進出企業への圧力は軍との「共犯」度合いに応じて差をつける必要があるとの考えを示した。ミャンマー国民に報酬を支払っており経済発展を促している企業ならば、軍の弾圧に加担しているとは見なされないと説明した。
(John Geddie記者、Joe Brock記者)