マルバ・ラマは毎月の十日に法会を開いていた。毎回の法会には多くの弟子たち、ラマ、村民たちが一同に集まり、佛を礼拝して経典を読誦した。この月の十日、師母はたくさんの酒肴を用意した。儀式が終了してからは、ラマ同士が互いに酒を酌み交わし、マルバ師父もまた酩酊したが、師母とウェンシーは酔ったふりをして、実際には酔っていなかった。
このとき、師母はこっそりと師父の部屋に忍び込み、小箱の中から師父の印章とノノバ大師の身荘厳(※1)、赤い宝石の印をとりだした。ラマたちは全員が熟睡し、雷のような鼾をたてていた。
師母はかねてから準備しておいた偽の手紙に師父の印章を押して封じると、その印章をこっそりと小箱の中に戻した。彼女は、偽の手紙、身荘厳、赤い宝石を布に包むと、その口を蝋で塞ぎ、これをウェンシーに渡して言った。「アバ・ラマのところに行って、これは師父からラマへの供養ですと言いいなさい。皆が目を覚まさないうちに、早く行きなさい!」
ウェンシーはこれを聞くと、早速その風呂敷包みを手に取り、シャンツェ地方にアバ・ラマを探しに行った。
あくる日、師父は師母に聞いた。「おい、怪力は今何をしている?」
「彼は行ってしまいましたよ。それしか知りません」と師母が答えた。
「どこに行ったというのだ」
「彼はこんなにも苦しい工事に従事して、長い間、多くの工事を落成させたのに法を伝えられませんでした。それどころか、却って罵られたり、叱られたりしたので、もうここでは法を得る見込みがないと思って、別の所に先生を探しに行ったのです。彼は本来あなたにいとまを言いたかったのですが、また叱られると思って、何も言わずに行ってしまったのです。引き留めようとしてもできませんでした」
マルバ師父はこれを聞くと、さっと顔が青くなった。「それで、いつ発ったのだ」
「昨日です」
「私の弟子はまだそう遠くへは行っていないな」。師父はしばらく沈思黙考した。
ウェンシーが当地に到着すると、アバ・ラマは多くのラマに法を講じているところだった。ウェンシーが遠方からラマを礼拝しに来たので、ラマも脱帽してあいさつし、来場のラマたちに言った。
「この人は、マルバ・ラマの弟子で、今日礼拝にこられました。とても正法を修するに素質のある人で、将来は一切の法の王となることでしょう。あなたがたのなかには知っている人もおられるでしょうね」
その中のラマの一人がウェンシーのもとへと駆け寄ってきた。彼は元々、ウェンシーのことを見知っていたのだ。「なあんだ、君だったか。それで、どうしてここに来たのか?」
「マルバ師父は忙しくて、私に法を伝える時間がないのです。それで私をアバ・ラマのところに送って、法を伝えてもらおうという次第です。これが、彼がもたせてくれたノノバ尊者の身荘厳と紅宝石の印章です。どうかこれを供養しますので、法をお伝えください」と、ウェンシーが答えた。
ラマはこれを聞くと、アバ・ラマにこの話を取り次いだ。「怪力がここにやってきましたよ」
アバ・ラマはこれを聞くと、非常に興奮して来場のラマたちに言った。「ノノバ尊者の身荘厳と紅宝石の印章が私の元へと来たのは、まるで優曇華(※2)の花が咲いたようで、稀有にして不可思議なことです。わたしたち全員で歓迎しようじゃありませんか。しばらく法を講じることは停止して、彼を歓迎する儀式の準備を弟子たちにしてもらいます。あなたたちは、怪力君をしばらく外で待たせておいてください」。こうしてこのラマはウェンシーをしばし外で待たせた。後に、ウェンシーが礼拝しに来たこの地方は、「礼拝の嶺」と呼ばれるようになった。
(※1)身荘厳…ラマが身に着ける装飾品。
(※2)優曇華の花…仏典に記載されている、三千年に一度開花するという伝説の花。この花が咲くとき、「法輪聖王」が世に下り、法を伝えるという。
(続く)
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