神仙の物語

文広通と神仙の住む不思議な洞窟

古人曰く、「天上の一日は地上の一年」。天国とこの世の間には、時間の経ち方に大きな差があります。日本の昔話に出てくる「浦島太郎」も、戻ってきたらすでに数百年が過ぎていました。今回は、異次元に迷い込んだ不思議な男の物語をご紹介します。

 過ちを認め、それを正す

南北朝朝の頃(420-479年)、文広通(ウェン・カントン)という男がいた。文さんは自分の畑で豚が作物を食い散らかしているのを見つけたので、すぐにその豚めがけて矢を打ち放った。

そのうちの一本の矢が命中し、ケガを負った豚は近くにあった洞窟に逃げ込んだ。文さんも豚を追いかけ洞窟に入った。300歩ほど踏み入ったところで、急に辺りが明るくなり、黄金に輝く数百の屋敷が現れた。しかし文さんはかまわず追いかけた。すると豚はある立派な屋敷の庭にある豚小屋に逃げ込んだ。

その屋敷から一人の老人が出てきた。そして「私の豚にケガをさせたのは、お前さんか?」と尋ねた。

「はい、私です。でも、それには理由があります」と文さんは答えた。

「他人の庭に牛が入りこんだら咎められるべきだが、その牛が侵入したからといって牛を盗むのは間違っている。違うかね?」と老人は言った。

文さんは、老人の言い分も尤もだと思い、豚を傷つけたことを詫びた。

老人は、「自分の過ちを認めるのは、とてもよいことだ。この豚は応報に遭っただけだ、気にすることはない」と言うと、文さんを家に招き入れた。

 時間が止まる 穏やかな世界

家の中には、10人ほどの生徒たちがいた。彼らは、師から老子について学んでいる。ほどなく、西側の部屋からは、玄妙で美しい音楽が聞こえてきた。うっとりと聞き入っていると、文広通の目の前には見たこともないような豪勢なご馳走が並んだ。食事と美酒に舌鼓を打ちながら、ふと屋敷の外を眺めた。人々の表情は穏やかで、静寂と平和に満ちている。文さんはほろ酔い気分に浸りながら、この世界に留まりたいと考えた。

 門番との会話

しかし、豚の飼い主である老人は、文さんの長居を許さなかった。老人は門番を勤める子供に、文さんを見送るよう申し付けた。今度は誰も外から入れぬよう、固く扉を施錠するようにと付け加えた。

文さんが外の世界に戻ろうとする時、子供に尋ねた。「あの屋敷にいる人たちは、一体何者なのですか」

子供はにっこりとして答えた。「屋敷にいる人たちは、聖賢です。彼らは夏朝(1728-1657BC)の頃、桀王の暴政を逃れてこの場所にやってきました。道を学び、神仙となった人たちです。先生の名前は、河上公(※前漢の頃、『老子』を読み解いたという人物)です」

子供は続けた。「私は漢の時代に、ここにやってきました。『道徳経』について、疑問があったからです。私はここで120年も仕え、門番を勤めていますが、いまだに老子の真の教えを悟ることができません」

二人は扉までたどり着くと、お互いの別れを惜しんだ。彼らは、再び会うことはできないと分かっていた。

文さんが洞窟の外に出ると、自分が落とした矢が腐り、粉々になっているのを見つけた。洞窟の外では既に、12年の歳月が過ぎていたのだ。村に戻った文さんの姿を見て、彼の家族は目を丸くした。家族は、彼が亡くなったものと思い、ずっと以前に葬式は済ませてしまっていた。

次の日、文さんは村人たちを伴って洞窟にやってきた。しかし、洞窟の入り口は巨大な岩で塞がれ、誰もそれを動かすことはできなかったという。

≪武陵記より≫

(翻訳編集・郭丹丹)