5月11日、 今年2月に米本土に侵入した中国の偵察用とみられる気球を米軍が撃墜した際、米政府内の一部にはこれで今まで準備していた一連の対中強硬策の実行に弾みがつくのは間違いないだろう、との見方が浮上した。写真ばブリンケン米国務長官。コロラド州デンバーで4月撮影(2023年 ロイター/Kevin Mohatt)

焦点:対中強硬になり切れない米国務省、「偵察気球事件」で露呈

[ワシントン 11日 ロイター] – 今年2月に米本土に侵入した中国の偵察用とみられる気球を米軍が撃墜した際、米政府内の一部にはこれで今まで準備していた一連の対中強硬策の実行に弾みがつくのは間違いないだろう、との見方が浮上した。

ところが、その後に国務省が米中関係へのダメージを限定的にしようとして、人権問題に絡む制裁や輸出管理といった「際どい」対中政策に待ったをかける役回りを演じていたことが、4人の関係者への取材や、ロイターが同省職員間でやり取りされた電子メールを確認して明らかになった。

バイデン政権が「最も重大な競争相手」とみなす中国に対し、順次投入するために用意した具体的措置を断固打ち出せないという事実は、政権内で対中強硬派と慎重派が対立する構図を浮き彫りにしている。

国務省は中国の気球侵入を受け、ブリンケン長官の訪中延期を決めて米国側の不快感を表明したのは確かだ。ただ、内部メモによると、複数の高官が予定していた中国向けの強硬策実行の先送りに動いたことが分かる。

今回初めて明らかになったのは、同省の対中国・台湾政策調整を担う「チャイナハウス」のトップを務めるウォーターズ次官補代理が2月6日付で職員に宛てた電子メールの内容だ。

そこには、とりあえず気球問題以外の事務を正しく処理しろ、というのが長官の指示で、この事件に関連する行動は数週間以内に改めて手を付ければ良い、といった趣旨が記されていた。

だが、関係者によると、対中強硬策の多くは今もなお実施手続きが復活していない。中国通信機器メーカー、華為技術(ファーウェイ)に適用する輸出規制や、ウイグル族への人権弾圧に関与している中国当局者を対象とした制裁の延期で、チャイナハウスの職員の士気が低下しているという。

バイデン政権は一面では、1979年の国交開始以来、最も冷え込んでいるとの見方が多い中国との関係をこれ以上悪化させないような努力をしているのは間違いない。

元外交官や与野党政治家の言い分に基づけば、双方の意図を誤解して危機を招かないようにするために、米国は中国側との対話チャンネルを維持しておく必要もある。

それでも現在の政策は、ハイレベルの対話を通じて中国からの譲歩を引き出す、という以前の外交方針に似すぎている、というのが関係者の見方だ。この方針は結局、ほとんど実を結ばなかった。

また、関係者はロイターに、ブリンケン長官は対中政策をシャーマン国務副長官に「ほぼ丸投げ」していることも明らかにした。

国務省のある高官はロイターの取材に対して、バイデン政権の下で同省は他の省庁と協力して過去にないほど中国に対抗するための多くの制裁や輸出管理などを策定してきたと強調。「個別の措置には触れないが、この仕事は繊細で複雑だ。そして、効果を最大限にするとともに、われわれのメッセージをはっきりと正確な形に定めるためには、政策の順位付けが不可欠になる」と述べた。

シャーマン氏はコメント要請に応じていない。ただ、2月9日の上院外交委員会では、国務省は中国の軍事、外交、経済面での攻撃的姿勢をはね返す取り組みを続けていると説明した。

<自縄自縛>

ウォーターズ氏は3月終盤に開いた職員会議において、ブリンケン氏の訪中日程を改めて決めたがっているシャーマン氏の指示を受け、国務省として中国とのやり取りでは、気球問題にはもう触れないとの考えを示した、と2人の関係者が証言している。

ある中国当局者はロイターに対し、米国がこの問題を棚上げしたいという中国政府の意向に応じれば、ブリンケン氏の再訪の可能性が高まると認め、中国側は落下した気球に関する捜査の詳細をFBIが公表することを望まないと伝えた、と付け加えた。

国務省はロイターに、この問題でFBIおよび中国と話し合ったことはないとコメントした。

クリテンブリンク次官補(東アジア・太平洋担当)は今月2日の上院外交委員会で、FBIの調査報告公表の是非を問われると「実際に起きたことを国民へ確実に知らせることに絶対的に賛成する」と語った。

一方で、クリテンブリンク氏は、国務省が米国と中国の適切な競争環境を保つことに全力を注ぐつもりで、その一環として高官級の交流や対話チャンネルを維持しなければならないと訴えた。

しかし、そうした姿勢には批判もある。シンクタンク、ファウンデーション・フォー・ディフェンス・オブ・デモクラシーの中国専門家クレイグ・シングルトン氏は、国務省が「自縄自縛に陥っている」と分析。高官級の交流復活に向けた熱意の中で、米国の力を最大化させようとする政策を見送り、逆に中国の強大化を助長していると指摘した。

<士気低下>

昨年12月に立ち上げられたチャイナハウスは本来、中国が影響力を拡大して米国やその同盟国の脅威となっているアジア太平洋地域で、より効果的な対応策を打ち出すのが目的だった。

実際、西側諸国の間では、中国が米国に代わって世界の指導者になろうという野心を持っているとの見方が多い。

だが、4人の関係者によると、国務省は米国がそうした見方に毅然と対峙するための取り組みを放棄する危険を冒しているという。

例えば、商務省産業安全保障局が、ファーウェイに関連した輸出ライセンスを取り消す規則を準備し、国防総省とエネルギー省も2月下旬に法改正の態勢を整えていたにもかかわらず、シャーマン氏がブリンケン氏の訪中復活を目指すという理由で、規則厳格化を支持しなかった。

最終的にこれらの4省の合議機関は、国務省の反対でこの問題を採決することもできなかったという。

国務省は、ウイグル族弾圧に関与したとみられている中国共産党中央委員会の統一戦線工作部などの当局者に対する制裁の発動も延期させた。

3人の関係者の話では、この制裁は昨年10月に一度先送りされ、今年1月半ばにはブリンケン氏訪中予定日に近すぎるとの理由で、また延期となった。その後、これまで実行されていない。

このような消極姿勢がたたり、チャイナハウスは人員確保にも苦労している。4人の関係者は、最大で定員の4割が足りない状態だと明かした。

複数の国務省高官は、チャイナハウスに士気低下の問題があることは認めつつも、政策と関連しているわけではないと強調。高官の1人は「われわれの組織再編は道半ばにあり、それはとても険しい」と述べた。

国務省はトランプ政権下での採用凍結以降、省内の士気が落ちたり、人手が不足したりといった課題をずっと抱えてきた。最近になって何人かの職員が、異動希望を申請したという。

この件を明らかにした複数の関係者は、対中強硬策の先送りによって一般職員がこういった政策の優先度が低いのだと認識したからだ、との見方を示した。

(Michael Martina記者)

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