核兵器廃絶を唱えても核保有国は核兵器を手放そうとしないのが現実だ。写真は広島で行われた式典の様子 (Photo by STR/JIJI Press/AFP via Getty Images)

【寄稿】非現実的な「核兵器廃止論」はなぜ繰り返されるのか

国際条約では、その条約に署名し批准した国にだけ、その条約が適用される。核兵器禁止条約に核保有国が加盟する可能性は皆無であり、従って核兵器禁止条約で核兵器が廃絶する可能性はゼロである。

平和宣言の蹉跌

8月6日、松井一美広島市長は平和宣言で次のように述べた。「核による威嚇を行う為政者がいるという現実を踏まえるならば、世界中の指導者は、核抑止論は破綻しているという現実を直視し私たちを厳しい現実から理想へと導くための具体的な取り組みを早急に始める必要があるのではないでしょうか」

平和宣言のこの部分は、テレビのニュースなどで繰り返し放映された。新聞の多くも、肯定的に報道しているから、この発言はいわば市民権を得たかのように思われるであろう。

しかし、この発言は理想と現実を取り違えた発言なのだ。

「核の威嚇を行う為政者がいるという現実」から「理想へと導くための具体的な取り組み」とは何であろうか?「核の威嚇を行う為政者」が問題なのであって、そうした為政者を排除する以外に具体的な取り組みがあろうはずがない。

ところが松井市長が日本政府に求める具体的な取り組みは「一刻も早く核兵器禁止条約の締結国」になることなのである。

核抑止論は破綻したか?

およそ国際法の知識がかけらでもあれば分かることだが、国際条約では、その条約に署名し批准した国にだけ、その条約が適用される。核兵器禁止条約に核保有国が加盟する可能性は皆無であり、従って核兵器禁止条約で核兵器が廃絶する可能性はゼロである。

つまり核兵器禁止条約とは現実を無視した理想であり、核兵器廃絶への具体的なプロセスを欠いた絵に描いた餅なのである。どうしてこれが「現実から理想へと導くための具体的な取り組み」と言えるのか?

また「核抑止論は破綻しているという現実を直視」せよと言うが、戦後、核兵器が実戦に投入されなかったのは、恐怖の均衡に基づく核抑止体制のお陰である。ロシアがウクライナについて核の恫喝を行うのは、ウクライナがNATOに加盟していないため、米国はロシアがウクライナに核を使用しても、核による報復をしないと言明しているためである。

つまり、ウクライナは核抑止体制に加入していなかったので核抑止論が適用されず、核の恫喝を受けているのであり、核の威嚇を行う指導者がいるという現実は核抑止論が破綻している事を意味しない。むしろ核抑止論が機能していることを意味するのである。

もし広島市長の言うように、日本が核兵器禁止条約に加盟した場合、日本が米国の核抑止体制に留まることは、理論的に不可能であり、米国の核抑止体制から脱退した場合、ウクライナと同様の核の威嚇を受けることは必定である。

こうしてみると破綻しているのは核抑止論ではなく、広島市長が推薦する核兵器禁止条約の方なのである。

以上、広島の平和宣言だけを問題にしたが9日の長崎の平和宣言も核抑止論を否定し核兵器禁止条約を推進している点で同様の問題をかかえていよう。してみるともはや破綻している核兵器禁止条約をなぜ彼らは推奨するのか?そもそも核兵器禁止条約はどうして生まれたのか?

核兵器禁止条約の真の狙い

2006年10月に北朝鮮は初めて核実験に成功した。それまで北朝鮮の技術水準では核兵器を開発できないとする楽観論は一気に吹き飛んだ。また米国は、北朝鮮の核開発施設の空爆をそれまで幾度か検討してきたが、これで空爆は事実上不可能になった。

というのも米軍が北朝鮮を空爆した場合、北朝鮮が韓国の首都ソウルを核攻撃する可能性が生じたからだ。従って米国は軍事的圧力によって北朝鮮の核開発を阻止する道を断念し新たな道を模索し始めた。

その道とは、北朝鮮に最大の影響力を持つとされる中国を利用することである。当時ブッシュ政権で副大統領であったチェイニーは腹心のボルトン米国連大使を使って中国に「北朝鮮に核を放棄させなければ、日本が核武装することになる」と伝えたのである。

中国にとって日本の核武装は何としても阻止しなければならない重大事態だ。そこで中国は北朝鮮に核開発を止めるよう本格的に説得に乗り出したのだ。北朝鮮が、どう反論したのかは不明であるが、この論理で言えば、もし日本が核武装をしないとの保証が得られれば、北朝鮮は核武装を許されるという理屈になろう。

核兵器禁止条約が国連に正式に提案されたのは、2007年4月、コスタリカとマレーシアの共同提案だった。両国は当時、北朝鮮と親しい関係にあった。また北朝鮮は当初、核兵器禁止条約に前向きな姿勢を示していた。

北朝鮮が核開発を堂々とやりながら、核兵器禁止条約に賛成したという事実は、この条約の本質に関わる問題であろう。

またこの条約は2021年に50か国以上の加盟で既に発効している。日本は当初から加盟の意思がないことを明言しているにも関わらず、いまだに執拗に加盟を日本に求めて来るのは、この条約の本当の狙いが日本の核武装を封ずることにあるのではないか、という疑念を生じさせよう。

達成された北朝鮮の狙い

岸田総理は、核兵器禁止条約に加盟しない旨、明言した。広島を選挙区にしてリベラルが売りだった岸田氏にとっては一つの決断だっただろう。もっとも圧力に屈して加盟を決断したりしたら日米同盟は崩壊する所だったから、正しい決断をしたと言えよう。

では、日本の核武装を封ずるという北朝鮮の狙いは失敗したのかといえば、さにあらず。まず日本独自の核武装は核拡散防止条約からの脱退を必要とするから、ハナから無理な話。残された唯一の道は米国の核を共同管理する核シェアリングしかない。

昨年亡くなった安倍元総理は生前、核シェアリングの議論を始めるべきと主張していたが、岸田総理はこれを明確に拒否している。つまり日本の核武装を封ずるという北朝鮮の狙いは達成されていることになろう。

広島サミットにおいても、ロシアのウクライナ侵攻ばかりが取り上げられ、核軍拡を続ける中国や核開発を進める北朝鮮は、東アジアで開かれたサミットであるにも関わらず、中心的な議題にならなかった。この件については6月13日の大紀元に拙稿「中露躍進で崩壊する米国の核戦略 広島サミットは本当に成功だったのか?」が掲載されているから、そちらを参照されたい。

(了)

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