【味の話】 お屠蘇

【大紀元日本12月3日】お正月にはどの家庭でもお屠蘇をいただく習慣があります。「お屠蘇」とは、お酒やみりんで生薬を浸け込んだ一種の薬草酒で、正式には屠蘇延命散と言います。「屠蘇」と難しい漢字を書きますが、これにも意味があります。「屠」は「屠(ほふ)る」、「蘇」は「病をもたらす鬼」という意味で、すなわち鬼退治。また、「屠」は「邪気を払う」、「蘇」は「魂を目覚め蘇らせる」という意味を含むなど、微妙に違う解釈がいくつかあるようです。いずれにしても、一年の邪気を払い、無病長寿を祈り、心身ともに改まるという願いを込めていただく薬酒です。今では薬効が忘れられ、単なる形式になっている家庭が多いかもしれません。

お正月にお屠蘇を飲む習慣は、中国で始まったといわれています。これも諸説ありますが、三国志の映画レッドクリフに登場する魏の名医・華佗(かだ)が考案したという説が有力です。華佗は医術や薬の処方に詳しく、「麻沸散」と呼ばれる麻酔薬を使って腹部切開手術を行ったといわれています。養生の道に明るく、彼を知る当時の人々の記録によると、彼はすでに百才位のはずなのに、外見は四十才代にしか見えなかったそうです。

また薬に通じていて、彼が疾病を治療するのに用いる方剤の組成は数種類の薬物の範囲を出ることはなく、彼の頭の中にはそれら薬草の組み合わせと分量がはっきりと記憶されていました。目分量で量り、天秤で量る必要がなかったといわれています。従って、患者は水を加え、煮て飲むだけでよく、華佗はその方剤の禁忌や飲み方を病人に教え、立ち去った後に病はすぐに全快したと伝えられています。

また、華佗にはこんなエピソードもありました。 ある行商人が、華佗の住む村にやってきました。彼は華佗の名声を聞きつけ、それほどの名医ならば、一度診察を受けてみたいと思い立ちました。行商人を一目見た華佗は、言いました。「あなたは病に犯されている。いま治療すれば助かるが、放置すれば1年後に死んでしまうだろう」

これを聞いた行商人は、笑い出しました。「私は健康そのものだ。1年後に死ぬなんて信じられない。名医の誉れが高いと聞いたので訪れたが、無駄足だった。私は行商で1年後にこの村に戻ってくることになっている。戻ってきたら、元気な姿を見せにこよう」 1年後、行商人は隣村まで戻ってきました。明日が丁度1年目、元気な姿を見せたら華佗は驚くだろう、と思いながら床につきました。しかし、夜半になって、気分が悪くなって目が覚めました。 驚いた行商人は宿屋の主人に事情を打ち明け、華佗を呼んで欲しいと頼むと、急な知らせを受けた華佗はすぐに駆けつけました。しかし、行商人を診た華佗は、「残念ながら手遅れだ。1年前に治療していれば助かったのに…」と言いました。 華佗は患者を一目見ただけで、的確な診断を下したのです。

その類まれな医術から、民衆からは「神医」と呼ばれ、その評判を聞いた曹操の典医となり、彼の持病であった頭痛の治療にあたっていました。しかし、これだけの名医にもかかわらず、彼は曹操に殺されてしまいます。その理由は、持病の頭痛を治すために頭部切開の手術を華佗が勧めたところ、曹操が恐怖したからであるといわれています。また、華佗の医術を高く評価した曹操が、医の分野を高位の学問にまで昇華させようとしましたが、道徳を重んじる華佗は、儒教を重視しない曹操のやり方に反発し、命令に従わなかったからであるとも伝えられています。

日本に話を戻しますが、お正月の時期は寒さが本格的になり、風邪を引きやすい季節。美味しいものを食べ過ぎて、胃腸が弱るのもこの時期です。華佗は、この時期にぴったりの屠蘇散を考案したのかもしれません。中医学と日本のお正月の習慣に、意外な繋がりがあったのです。

「屠蘇散」に含まれるのは、いわゆる漢方薬に使われる生薬で、多くて10種類、市販されている屠蘇散には、一般的に5~6種類配合されています。調合はそれぞれ微妙に異なりますが、代表的な生薬と、その効能には次のようなものがあります。

・白朮(ビャクジュツ)キク科オケラ又はオオバナオケラの根:利尿作用、健胃作用、鎮静作用

・山椒(サンショウ)サンショウの実:健胃作用、抗菌作用

・桔梗(キキョウ)キキョウの根:鎮咳去啖作用、鎮静・沈痛作用

・肉桂(ニッケイ)ニッケイの樹皮、シナモン:健胃作用、発汗・解熱作用、鎮静・鎮痙作用

・防風(ボウフウ)セリ科ボウフウの根:発汗・解熱作用、抗炎症作用

こうしてみると、胃腸の働きを盛んにし、血行をよくし、風邪を引かないようにする生薬ばかりです。酒やみりんにはブドウ糖や必須アミノ酸、ビタミン類も含まれており、さらにアルコールが血行を促進させます。無病長寿を願って飲むお酒とあって、薬効も期待できそうです。とは言っても、元旦の朝に一口飲むくらいでは、キキメはほとんどないそうですが・・・。

元旦の朝、若水(元旦の早朝に汲んだ水)で身を浄め、初日に神棚、仏壇などを拝んだあと、家族全員そろって新年の挨拶をし、雑煮やおせち料理をいただく前にお屠蘇を飲みます。お屠蘇をいただくときには、一家揃って東の方角を向きます。たいていの宴席では、年長者から盃を下げていきますが、このお屠蘇の場合は逆で、年少者から年長者へと盃を順にすすめます。若者の精気を年長者に渡すという意味合いが含まれているのだそうです。

飲むときには、「一人これを飲めば一家くるしみなく、一家これを飲めば一里病なし」と唱えます。お屠蘇といえば日本酒で作るイメージが強いようですが、みりんでも作ることができます。また、お酒とみりんをブレンドし、甘さと口当たりを調節することで、好みの味わいにすることも可能です。みりんが入るとまろやかさが増し、お酒の飲めない人にも喜ばれます。このとき、お酒もみりんも良質なものを選ぶことが肝要です。

(文・大鬼)