翻訳は怖いのである
【大紀元日本5月4日】我輩は平成の猫である。名前は、どうでもよい。
百年ばかり前に、夏目漱石先生が我輩の曽祖父のことを『吾輩は猫である』という小説にしてくれた。我輩もそれを人間語で読もうとしたが、ストーリーがさっぱり分からない変な小説なので、たまらず途中で投げ出した。
後で聞いたところ、あれはストーリーを読む作品ではないらしい。猫の目を通して見た人間の様子を縷々つづったもので、描写の面白さを楽しめばそれでいいのだという。人間が楽しむための小説など、猫の我輩に分かるはずがない。漱石先生には悪いが、大きなお世話だ。
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