焦点:金正恩氏の人物像に迫れ、首脳会談控えた米情報戦の内幕
[ワシントン 26日 ロイター] – 冷戦以降で最も重要な首脳会談の1つとなる米朝首脳会談でトランプ米大統領が優位に立てるよう、北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長のプロファイル構築に米政府の情報専門家は取り組んでいる。
だが、ほとんど素顔が知られていない閉鎖的な北朝鮮の指導者が、どのような人物かを解明する作業は難航している。
外国指導者に関する政治的・心理的な研究を、重大な交渉を控えた米大統領に提供するという昔からの伝統に従い、政府専門家は金委員長に対する新たな情報を可能な限りかき集め、これまで得た評価の軌道修正を行っている。米当局者がロイターに明らかにした。
数週間前にトランプ政権で初めて金委員長と会談したポンペオ中央情報局(CIA)長官が同氏に抱いた印象も、手がかりとして参考にされる。平壌を非公式訪問した次期国務長官ポンペオ氏は帰国後、北朝鮮の若き指導者について、首脳会談に向けて「準備している抜け目ない人物」との個人的な評を下したと、ある米当局者は語った。
このほか、米プロバスケットボール協会(NBA)の元スター選手、デニス・ロッドマン氏や、スイス寄宿学校時代の元クラスメート、韓国の外交官など、過去に金氏と交流した経験がある人物たちの証言によって集めた情報も検討されると、別の米当局者たちは語る。
こうして集めた情報によって、金委員長の行動や動機、人格や指導スタイルについての政府機密ファイルが更新され、史上初となる米朝首脳会談に向けてトランプ大統領や側近が交渉戦略を立てる一助となる。
「(米朝)首脳会談に向けて、政府一丸となって準備を進めている」とホワイトハウスの当局者は述べたが、詳細は明らかにしなかった。首脳会談の開催時期は5月下旬または6月初旬で調整されている。
とはいえ、金委員長に関する直接的な情報は依然として限られており、「ブラックボックス」状態だと、事情に詳しいある米当局者は話す。北朝鮮には米情報員や情報提供者がほとんどおらず、インターネットが普及していない同国ではサイバースパイ活動も困難だからだ。
正恩氏が権力の座に就いたとき、長くは続かないだろうとCIAは予測していた。だがそれから7年後、そうした予想は撤回され、今では、非情なやり手の指導者だと見られている。最近では、核開発を遂行する強硬姿勢から外交的アプローチへと転換した金氏の機敏さに、米専門家の多くが驚かされた。
<合理的行為者>
現在浮上しつつある米政府内で一致した金正恩像は、外部専門家の多くが公に語っているものと近い。
トランプ大統領がかつて「全くの変人」と呼んだ金委員長は、「合理的な行為者」と見られていると、米当局者は言う。金氏は国際的な名声を欲しているが、主要な目的は「体制の生き残り」であり、一族の存続である。それ故、核武装の全面解除に同意することは難しいだろうと複数の当局者は語った。
金氏は身内を処刑するほどの非情さを持ち合わせているが、現在はトランプ大統領と渡り合うのに十分な権力の安定を感じていると同当局者は話した。人格面では、人前に出ることを嫌った父親の金正日(キム・ジョンイル)総書記よりも、カリスマ的な祖父の金日成(キム・イルソン)国家主席に似ていると見られている。
また、韓国で2月に開催された平昌冬季五輪に実妹の金与正(キム・ヨジョン)氏を派遣したことや、韓国特使団が3月に平壌を訪問した際に金氏の妻が異例の出迎えを行ったことも、海外に向けて自身のリーダーシップの人間味を演出するための試みだと考えられている。
北朝鮮の極度な不透明さによって、米情報機関は金委員長のプロファイリングにとりわけ苦戦している。コーツ国家情報長官は今月行った演説の中で、情報収集する上で、北朝鮮指導者が「世界で最も困難な対象の1つ」と語った。
米専門家は、27日の歴史的な南北首脳会談における金氏の言動を注視するだろうと、当局者は言う。
米情報専門家は長年、金一族の歴史やスピーチ、写真や映像を検証してきた。現在、正恩氏が韓国や中国の要人らと会談した際の画像や報道を注意深く分析している。
米当局はまた、脱北者に聞き取り調査を行ったり、かつて金一族の料理人だった日本人すし職人の回顧録のような2次的な資料も参考にしたりしていると、複数の当局者と専門家は話す。
正恩氏の人物像を苦労してまとめ上げる一方、トランプ大統領にどの程度の情報を提供すべきかということが、もう1つの課題だと米当局者は語る。大統領は詳細なブリーフィングや長い文書に我慢できないことで知られる。
さらに、本能のままに行動しないよう説得することも課題の1つだ。外国の首脳に対し、大統領はしばしばそのような行動を取る。
大統領にブリーフィングする担当者は、写真や地図、絵やビデオを駆使して要約したプレゼンをすることが求められているという。
北朝鮮問題を早く理解させるため、情報部員が視覚資料に頼ることは今回が初めてではない。トランプ大統領の就任当初、北朝鮮の核施設の規模をつかむため、取り外し可能の山に自由の女神のミニチュアを入れた実験場の縮尺模型が提示されたと、米当局者2人が明かした。
このエピソードに関し、ホワイトハウス当局者はコメントするのを差し控えた。
トランプ大統領は視覚的に物事を理解することに長けていると、大統領の擁護派は主張する。「大統領の輝かしいキャリアは、建築の完成予想図や間取り図を研究するのが非常に得意であることを意味している。つまり、大統領は視覚で学習する人であり、それはうまくいっている」と、このホワイトハウス当局者は語った。
<完璧はあり得ず>
この数十年間、米政権は海外指導者のプロファイリングを行ってきた。特に、イラクのフセイン大統領、リビアのカダフィ大佐、キューバのカストロ国家評議会議長など、敵対する国家指導者に対して行われている。他の多くの政府も同様の研究を行っている。
こうした外国要人のプロファイリングは、米政府がナチス・ドイツのヒトラー総統を研究したことから始まり、米政策立案者にとって有益だと時に考えられている。
当時のカーター大統領は、イスラエルのベギン首相とエジプトのサダト大統領の掘り下げたプロファイリングについて、1978年に平和条約を締結する上で「豊かな配当」をもたらしたと、自身の回顧録「Keeping Faith(原題)」に記している。
だが「敵を知る」ためのこうした習慣が、絶対に信頼できるとは限らない。
例えば、正恩氏が2011年に権力の座に就いてまもなく行われた評価の要点は、内部闘争を生き残るにはあまりに経験不足だが、もし生き残った場合、核兵器開発よりも疲弊した自国経済の改革に関心を持つ可能性が高い、というものだった。
「完璧はあり得ない」と、精神分析医のジェロルド・ポスト氏は語る。同氏は政治家の人格を研究する機関をCIAに創設し、正恩氏と父親の正日氏の分析を行った。「だが、金氏がどのように世界を見ているかを理解するため、最善を尽くさなくてはならない」と同氏は述べた。
現在メリーランド州で開業するポスト氏は最近、トランプ大統領へのブリーフィングを控えた側近から相談を受けたと語る。だが、どのような助言を行ったかは明らかにしなかった。
「われわれは皆、情報コミュニティーの司法精神医学者の意見を聞く」。2000年に北朝鮮政策調整官として、当時のオルブライト国務長官と北朝鮮を訪問し、正日氏と会談したウェンディ・シャーマン氏はそう語る。
とはいえ、北朝鮮の指導者を評価する最善の方法は直接接触することだと、シャーマン氏は言う。「情報当局者の一行と訪朝したポンペオ氏は、多くの有益な情報を持ち帰ったに違いない」
(翻訳:伊藤典子 編集:下郡美紀)