砂漠を越え九死に一生を得た 玄奘三蔵の生涯(中)
玄奘法師は、しばらく多くの寺院を訪ねて勉強した後、何年間にもわたって、さまざまな場所で仏典を講義し、問答をしている中で、特定の問題について人々の意見や解釈が大きく異なっていると感じました。
唐代の貞觀元年(西暦627年)、玄奘は経典を学ぶために西方に行き、寺院で経験を積む決心をしました。しかし、唐が成立した当時はまだ国境が不安定で、国外への出国は非常に厳しいものでした。彼はインドに行く許可を申し出ましたが、許可されませんでした。したがって、西方に行きたいなら、密出国しかありませんでした。
ところが、その年は飢饉だったため、朝廷は人々が外地で生計を立てることを許可しました。これを機に玄奘は西の西安から秦州、蘭州、そして涼州へと旅をしました。
関連記事
正月明けに動けないのは、怠けではなく、心のメンテナンスのタイミングかもしれません。【こころコラム】
ロサンゼルス・ドジャースの大谷翔平選手が自身のInstagramに投稿した、愛犬「デコピン」の動画と写真が、いま世界中で大きな反響を呼んでいる。
ネオンのように鮮やかなピンクが森に舞う、オーストラリア固有のピンクロビン。写真家の情熱と偶然が重なり捉えられた奇跡の瞬間が、自然の驚きと喜びを静かに伝えます。思わず笑顔になる一篇です。
毎日見ている舌に、体からの重要なサインが隠れているかもしれません。色や形、舌苔から読み解く中医学の知恵と、現代研究が示す健康との関係をわかりやすく解説。
150ドルの美容液より、鍋に浮かぶ一輪の花――中世から人々の肌を支えてきたカレンデュラが、なぜ今も通用するのかをひもときます。