砂漠を越え九死に一生を得た 玄奘三蔵の生涯(中)
玄奘法師は、しばらく多くの寺院を訪ねて勉強した後、何年間にもわたって、さまざまな場所で仏典を講義し、問答をしている中で、特定の問題について人々の意見や解釈が大きく異なっていると感じました。
唐代の貞觀元年(西暦627年)、玄奘は経典を学ぶために西方に行き、寺院で経験を積む決心をしました。しかし、唐が成立した当時はまだ国境が不安定で、国外への出国は非常に厳しいものでした。彼はインドに行く許可を申し出ましたが、許可されませんでした。したがって、西方に行きたいなら、密出国しかありませんでした。
ところが、その年は飢饉だったため、朝廷は人々が外地で生計を立てることを許可しました。これを機に玄奘は西の西安から秦州、蘭州、そして涼州へと旅をしました。
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