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荒々しくかつ背徳的な長編小説――『嵐が丘』(四)

小説を読み終えた後も、嵐のような激しい感情がまだ収まりません。ヒースクリフとキャサリンの道徳観を破った激情、頂点に達したヒースクリフの憎しみと残酷さ、無情さ、そして、絶望の思い、思い返すたびに心を強く揺さぶられます。著者の筆の下で、愛と憎しみが混じり合い、人間の本性が完全に解き放たれました。

ヒースクリフとキャサリンの愛は当時の社会にも受け入れられず、たとえ今日でも、多くの人に理解されません。2人の愛は狂っているが、社会階級を超えた純粋なもので、お互い内側から、心から惹かれ合っています。肉体的な欲望ではなく、完全に精神的に、魂がぴったりあって契合していたのです。

キャサリンはこのように言いました。「この世で、私の最大の苦しみはヒースクリフが苦しむことで、それは最初から感じていた。彼は私の思想の中心よ。たとえ他のすべてが滅びても、ヒースクリフさえいてくれれば、私は生きていけるわ。しかし、もし、彼がいなくなったら、この世界は、私にとってなじみのないものだわ。リントンへの私の愛は、森の中の葉のようなものよ。冬が木を変えるので、時間はそれを変えるでしょう、私はよく知っている。ヒースクリフへの私の愛は、その下にある永遠の岩に似ている。目に見える喜びはほとんどないけれど、必要なの。ネリー、私はヒースクリフなのよ。彼は永遠に私の心の中にいるわ……」

 

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