2050年までに薬剤耐性感染症による死亡者が急増するとの新報告

数十年にわたる医療の進歩を脅かす予測として、新たな世界的研究は、抗生物質耐性感染症が2050年までに3900万人以上の命を奪う可能性があるとし、世界が「ポスト抗生物質時代」に突入する恐れがあることを警告しています。

この報告書は、「抗菌薬耐性」について、その原因、現状、そして将来的な影響を解明するために、様々な国や研究機関が協力して行っている広範な研究活動、Global Research on Antimicrobial Resistance(GRAM)プロジェクトによって発表され、かつて治療可能だった病気が再び致命的になる可能性を示す、差し迫った公衆衛生危機の姿を描いています。

 

拡大する世界的な脅威

『The Lancet』に掲載され、スイス・ジュネーブで開催された国際保健サミットで発表されたGRAMレポートによれば、抗生物質耐性感染症による死亡者は、2021年の約114万人から2050年には191万人に増加すると予測されています。「直接の結果として死亡する」というのは、耐性菌が介在する明確な因果関係を意味し、他の要因が関与せず、耐性菌が原因で死亡したことを示しています。

「抗菌薬は現代医療の柱の一つであり、それに対する薬に対する菌の耐性増加は、大きな懸念材料です」と、研究著者のモーセン・ナガヴィ博士は声明で述べています。

ナガヴィ博士は、ワシントン大学保健指標科学研究所で抗菌薬耐性(AMR)研究チームを率いる教授でもあります。

この調査結果は、抗菌薬耐性(AMR)が数十年来の重大な世界的健康脅威になっており、今後さらにその脅威が拡大していることを強調しています。

「AMRによる死亡者の傾向がどのように変化してきたのか、また将来的にどのように変わる可能性があるのかを理解することは、命を救うための情報に基づいた決定を下すために不可欠です」とナガヴィ博士は述べています。 

 

抗生物質耐性における人口動態の変化

この報告書は、抗生物質耐性感染症に関する人口動態の変化を強調しています。5歳未満の子どもたちにおける抗生物質耐性感染症による死亡率は減少している一方で、高齢者がますます多くのスーパー耐性菌に感染しています。特に、複数の基礎疾患を抱える高齢者は、抗生物質の効力が低下する中で、感染リスクが高まっているのです。

ただし、シニア層が最も影響を受けると予想されているものの、抗菌薬耐性(AMR)の問題は全ての人に影響を及ぼします。ストーニーブルック小児病院の小児感染症科長であるシャロン・ナックマン博士は『エポックタイムズ』に対し、「この問題はすべての患者に波及します」と述べています。

「これは高齢者だけの問題だと思わないでください。実際にはそうではなく、すべての年齢層に跨る問題です」と彼女は述べています。 
 

抗生物質耐性病原体の増加を促進する要因

保健当局は、抗生物質耐性病原体の増加を、いくつかの相互に関連する要因に起因するとしています。

・人間と動物医療における抗生物質の過剰使用

・不十分な感染予防戦略

・新薬開発の停滞

世界的には、多くの国で風邪やインフルエンザなどのウイルス感染症に対して、不要な抗生物質が引き続き処方されており、この問題をさらに悪化させています。

2022年に発表された研究では、抗生物質耐性が、現代の最も差し迫った世界的な健康問題の一つであると警告されています。

「抗生物質耐性は避けられないように見え、製薬業界は新しい抗生物質の研究に、投資する関心が継続的に不足しています」と著者たちは記しています。

ナックマン博士によると、抗菌薬耐性(AMR)危機を引き起こす3つの主要要因は次の通りです。

年齢:年を取るにつれて、抗生物質を処方される頻度が増えます。

併存疾患:高齢者は複数の健康問題を抱えていることが多く、より多くの医師を受診することになり、異なる医師から抗生物質を処方される可能性が高まります。

緊急医療と予約なしで気軽に医療機関を受診できるシステムのウォークインケアへの過度の依存

「COVIDの前後を通じて、医師が『具合が悪いなら救急外来に行け、ウォークインセンターに行け』と言うのを何度も目にしています」とナックマン博士は述べています。

これらの施設は患者の病歴に詳しくないため、不要な抗生物質を処方する可能性が高くなると彼女は指摘しています。

「ばかげた話のように聞こえるかもしれませんが、急患診療所の外に立ってみて、どれだけ多くの人が抗生物質の処方箋を持って出てくるかを見てみてください。全員がそれを必要としているとは考えにくいです。つまり、これは年齢の問題であり、併存疾患(ある病気にかかっている患者さんに、その病気とは別に、もう一つの病気も同時に存在している状態)の問題であり、誤用の問題です」と彼女は述べています。

 

無策の結果

抗生物質耐性病原体の増加は、治療の選択肢を著しく減少させる可能性があるとナックマン博士は警告しています。

「あなたが病院に来て、多剤耐性病原体を持っていたら、私はそれを治療できないかもしれません。それは、薬が存在しなかった時代に逆戻りすることを意味します。敗血症になって病院に来ても、病原体を特定しても、何もできずに回復させられなかった時代に戻るということです」と彼女は述べています。

抗生物質耐性病原体の拡散を抑制するためには、政府、医療提供者、そして世界的なコミュニティが協力することが不可欠だと、大統領抗菌薬耐性菌対策諮問委員会は指摘しています。

一部の国では、過剰処方を防ぐための強力な抗生物質管理プログラムが導入されていますが、『GRAMレポート』では、これらの取り組みが世界的に一貫していないことが強調されています。多くの地域では、抗生物質の誤用に関する公衆の認識が驚くほど低いままです。健康推進者たちは、責任ある抗生物質の使用を促進するための包括的な教育キャンペーンの必要性を強調しています。

 

AMR(抗菌薬耐性)の経済的影響

抗生物質耐性の増加に伴う経済的影響が、この問題の緊急性をさらに強調しています。Pew Charitable Trustsの報告によれば、抗生物質耐性が放置された場合、2050年までに累積的な経済負担は約100兆ドルに達する可能性があるとされています。医療費の増加や感染率の上昇による生産性の低下が、世界各国の経済に波及する恐れがあります。

これらの傾向に対応するため、科学者たちは新しい抗生物質の開発、細菌を特異的に標的とし、殺菌するバクテリオファージ療法(細菌に感染して殺すウイルスであるバクテリオファージを利用して、細菌感染症を治療する方法)、および他の代替治療法の開発に取り組んでいます。

 

国際的なコミュニケーションの改善が、問題解決に貢献

抗菌薬耐性(AMR)問題の緊急性が高まっている理由の一つは、治療に耐性を持つ病原体の国際的な追跡が大幅に改善されたことです、とナックマン博士は述べています。過去には、ある国で抗生物質に関する問題が発生しても、「見て見ぬふりをして、問題を隠してしまう」という対応が見られました。

しかし今では、各国や保健当局間のコミュニケーションが改善され、AMRに関するグローバルな状況がより明確に把握されています、とナックマン博士は指摘しています。

「たとえば、ある国が特定の抗生物質に対して耐性を示している場合、その国から戻ってきた患者にはその抗生物質を処方しないという判断ができるようになっています」と彼女は述べました。「なぜなら、その国から戻ってきた場合、その抗生物質が効かない可能性があるからです。代わりに他の治療法を選択する必要があります」

ナックマン博士はまた、患者が医療提供者に対して、どこに行っていたのか、最近どの抗生物質を使用していたのか、どのような活動をしていたのか、そして他にどのような薬を使用しているのかを伝えることの重要性を強調しています。

 

私たちにできること

ナックマン博士によると、抗菌薬耐性(AMR)を遅らせる最初の方法は、「抗生物質の慎重かつ適切な使用」にあります。

「発熱したり具合が悪いと感じたりしても、それが必ずしも抗生物質を必要とするという意味ではありません」と彼女は述べています。「最近の実例として、私の義理の娘が妊娠中に喉の痛みを訴えて、ウォークインクリニックに行きました。検査を受けたところ、喉の培養結果は陰性でしたが、抗生物質を処方されたんです。でも、培養が陰性なら抗生物質は不要なはずです」

「一年中、私たちは多くの呼吸器病原体を見ています。そして、呼吸器ウイルスに感染した場合、抗生物質は助けにならないことを知っています—抗生物質では回復しません。それでも、RSウイルスやインフルエンザ、さらにはCOVIDに感染して抗生物質を処方される患者が多く見られますが、それで早く回復するわけではありません」

また、ナックマン博士は「抗生物質ショッピング」に対しても警告しています。これは、複数の緊急医療施設を訪れ、最終的に抗生物質を処方してもらうまで受診し続ける行動を指します。彼女によれば、テレビの医療ドラマの影響を受けた患者がこうした行動を取ることがあり、これがAMR問題に大きく寄与していると指摘しています。

「残念ながら、これは本当に私たちの大きな問題の一部です。そして、テレビ番組がそれを悪化させています。テレビで誰かが珍しい病気Xにかかり、医師が抗生物質Yを処方するのを見たかもしれませんが、それはテレビの話です。良いテレビ番組と良い医療は全く別物です」と彼女は述べています。

 

抗生物質の耐性菌対策には、適切な医療アクセスが重要

抗生物質が効かない耐性菌が増え続ける中、医療アクセスの改善が重要だと専門家は指摘しています。

まず、急患診療所やウォークインセンターに行くよりも、かかりつけ医に診てもらうことが大切だと言います。

「かかりつけ医はあなたの健康状態をよく把握していますし、最近どんな薬を飲んでいたかも知っています。ただ体調が悪いからといって、すぐに抗生物質が必要だとは限らないんです」と、専門家のナックマン博士は説明します。

また、ナックマン博士は、より効果的で的確な抗生物質が必要だと指摘しています。特に、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)に対する抗生物質の開発が急務です。この菌は、以前は病院内での感染が主でしたが、今では地域社会にも広がっています。

「例えば、皮膚の感染症で抗生物質を処方された場合、もしその感染がMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌の略称で、非常に強力な耐性を持つ細菌の一種)によるものだと知らずに治療を進めると、さらに耐性が強くなる危険があります」と彼女は述べています。

また、現在使用されているバンコマイシンという薬は、腎臓に負担をかける可能性があるため、より安全で効果的な薬が必要だとされています。

「複数の病気を抱える高齢者には、他の薬と影響し合わない抗生物質が必要です。私たちには、新しい抗生物質の開発ももちろん重要ですが、今ある薬を賢く使い、無駄に抗生物質を使わないようにすることも大切です」とナックマン博士は強調しています。

 

(翻訳編集 華山律)

がん、感染症、神経変性疾患などのトピックを取り上げ、健康と医学の分野をレポート。また、男性の骨粗鬆症のリスクに関する記事で、2020年に米国整形外科医学会が主催するMedia Orthopedic Reporting Excellenceアワードで受賞。