【古詩逸話】曹植 七歩で詩を成す

西暦220年、曹操(そうそう)が亡くなった後、彼の次男である曹丕(そうひ/字は子桓)が魏国の王として即位しました。

しかし、曹丕は弟の曹植(そうしょく/字は子建)が詩の才能に優れ、人望もあったことから、兄弟であっても安心することができませんでした。

彼は弟が権力を奪おうとしているのではないかと疑い、さまざまな罪をでっち上げ、大将の許褚(きょちょ)に命じて曹植を捕らえ、処刑しようとしましたが、母親の必死の反対により、命を奪うことはやめました。

それでも曹丕は、弟の曹子建の命を奪うという思いを捨てきれませんでした。

ある日、曹丕は曹植を呼び出し、こう命じました。

「先王(曹操)が生きていた頃、お前は詩文の才能を人々に誇っていたな。だが私は、それが自作ではなく、他人の代筆ではないかと疑っている。

今ここで、十歩歩くあいだに詩を一首作れ。できなければ、大法(死刑)に処すぞ」

曹植は題を求めました。そのとき、宮殿の壁には「牛が井戸に落ちて死んでいる」場面を描いた絵が掛けられていました。

曹丕はその絵を指してこう言いました。

「この絵を題材とせよ。ただし、『二牛牆の下で戦い、一牛井に落ちて死す(壁の下で二頭の牛が争い、一頭が井戸に落ちて死ぬ)』という表現を使ってはならぬ」

曹植は落ち着いて歩き出し、十歩も経たないうちに、次の詩を作りました。

 

『兩肉齊道行,頭上帶凸骨

二つの肉、道を同じくし、頭には突き出た骨を戴く

相遇由山下,焱起相搪突

山の麓にて相まみえ、炎立ちて互いに衝突す

二敵不懼剛,一肉臥土窟

二つの敵、剛を恐れず、一つの肉、地の窟に伏す

非是力不如,盛氣不洩畢

力の劣るに非ず、盛んな気、尽きざるのみ』

 

詩の大意:

二つの肉が同じ道を行く、頭には角のある骨を持つ。

山のふもとで出会い、怒りの炎が立ち上がり、激しくぶつかり合う。

二頭は強さを恐れず戦ったが、一頭は土の穴に倒れた。

それは力が劣っていたからではなく、怒りが収まらなかったからだ。

 

曹丕は感心しながらも、さらに難題を出します。

「十歩で詩を作るなど珍しくもない。七歩で詩を作ってみよ。私はお前と兄弟である。それを題材にせよ。だが『兄弟』という語を使ってはならぬ」

曹植は堂々と歩き出し、七歩の間に、悲しみを込めて次の詩を詠みました。

 

『煮豆燃豆萁,豆在釜中泣。

豆を煮るに豆殻を燃やし、豆は釜の中にて泣く

本是同根生,相煎何太急。

本(もと)は同じ根より生まれしもの、何ぞかくも急ぎて煎り合うや』

 

詩の大意:

豆殻は鍋の下で燃やされ、その火で豆が鍋の中で煮られている。鍋の中の豆は苦しみながら泣き叫ぶ。「私たちはもともと同じ根から生まれたのに、なぜこんなにも激しく煎って、容赦なく責めるのか?

この詩は、同じ家族であるにもかかわらず争い合う悲しさを、豆と豆殻という比喩で表現し、「相煎ること何ぞ急なる(なぜこんなにも急いで煎るのか)」と、強い抗議を込めたものでした。

曹丕は弟の意図に気づきましたが、その詩はあまりに完璧なため、責めることができませんでした。

ただ顔に羞恥の色を浮かべ、まるで針のむしろに座るかのように落ち着かない様子を見せました。

それ以来、曹丕は二度と曹植に無理難題を押しつけようとはしませんでした。

(翻訳 陳武)

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