成人とは何だろう(shutterstock)

そもそも「成人」って何だろう?  成人の日に見直してみる大人と子どもの境界線

いま、「成人」という言葉は、主に「年齢」を表すものとして使われています。「何歳からが大人か」という数字の話はよく耳にしますが、その言葉が本来どんな意味を込めて使われてきたのかを考える機会は、あまり多くありません。しかし、歴史をさかのぼれば、成人は決して年齢だけで区切られるものではありませんでした。

昔の社会において、誰を大人と認めるかは、非常に重みのある判断でした。何をもって「一人前」とするのかは、その土地の暮らしや、大切にされている教え。つまり民族的な信仰や宗教と深く結びついていたからです。

日本における神道や仏教、欧米諸国のキリスト教、アラブ諸国のイスラム教、それぞれの文化において「人は何を大切に生きるべきか」という答えが、そのまま「大人とはどうあるべきか」という考え方の芯となっていました。

▶ 続きを読む
関連記事
道端の目立たないランタナ(五色梅)の花序から、生命の秩序と古人が説いた「礼」の真髄を見出す心温まる随筆。自然のなかに宿る調和と、立ち止まることの大切さを静かに伝えます
約2千年前の地震探知器や蒸気装置、精巧な天文計算機、古代の外科手術まで。現代の技術を先取りした数々の発明をたどり、忘れ去られた知識と文明の興亡を探ります
AIが真偽を曖昧にする現代、孔子の「巧言令色」の警鐘を重ね、日本の職人技に宿る「人の時間と心」に注目。機械には決して偽造できない、手仕事が生み出す究極のリアリティと真の信頼(信)の本質に迫る一編
泥から名器へと生まれ変わる宋代磁器の製作過程を通して、人生の試練の意味を紐解く随想文。過酷な窯の烈火をくぐり抜けてこそ本物の輝きと気骨が宿るように、逆境こそが人を美しく磨き上げるのだと静かに語りかけます
深夜の地下鉄で起きたささやかな善行を手がかりに、日本の「恥の文化」と心の中の「浄土」を読み解く思索録。「お天道様が見ている」という天への畏敬や儒教の教えを通じ、現代人が見失いつつある道徳の根源を問いかける