【百年の真相】戦力は上でも敗北した理由 蔣介石陣営に潜む共産党スパイの謎

1945年、戦火は収まり、日中戦争が終結した。だが、中国本土に平和は訪れなかった。待っていたのは、国共内戦という新たな激流だった。国民政府軍は兵力に勝り、装備も整い、共産党軍を大きく上回っていた。ところが、そのわずか4年後の1949年、蔣介石は失意のうちに台湾へ退き、毛沢東は天安門城楼に立った。なぜだったのか。

その背後には、蔣介石の周囲に複数の共産党スパイが潜んでおり、中には高位に就いていた者もいたという事情があった。

郭汝瑰は、蔣介石に目をかけられた門下生であり、国民党軍きっての参謀の一人だった。彼は数々の極秘軍事情報をひそかに延安へ送り、蔣介石の西南死守の望みを断ち、自らの人生もまた破滅へと向かわせた。

台湾の新聞には、彼を評してこの言葉がある。
「一人の潜入スパイが天下の行方を影響し、両軍の勝敗はすでに決していた」

今回は、蔣介石に痛恨を残した「最大の共産党スパイ」郭汝瑰の軌跡をたどる。彼はなぜその道を選んだのか。そして中共政権の下で、なぜ悲惨な歳月を送ることになったのか。

少年の意気込みと、大きな挫折

黄埔の新星、蔣介石の愛将

上海事変 一戦で名を馳せる

秘められた思惑 よみがえる潜入工作員の顔

清廉という仮面、蔣介石が下した致命的な信頼

宜賓での離反 西南死守の夢は崩れた

「政治運動の常連」となった晩年の苦境

結び 嘘にのみ込まれた理想

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