中国・北京の天安門広場で行進する中国軍の兵士たち=2020年4月28日(Lintao Zhang/Getty Images)

危機一髪で中国脱出した米人気ユーチューバー「中国の自由は表面的なものにすぎない」

中国に10年間在住したアメリカ人のマシュー・タイ(Matthew Tye)さんは、まさか自分が中国政府の標的になり、国外逃亡を余儀なくされるとは夢にも思わなかった。彼はこのほど、米政府系ボイス・オブ・アメリカ(VOA)のインタビューでその経緯を語った。

米ニューヨーク州の小さな町で生まれ育ったタイさんは、2008年に大学を卒業後、中国で英語を教える仕事に就き、広東省恵州市に移住した。そこで家庭を持ち、中国人の妻と結婚して子供をもうけた。

彼は「Laowhy86」のハンドルネームでYouTubeチャンネルを開設した。「Laowhy」は「老外(外人)」の略で、外国人の視点から中国を見るという意味がある。

国営メディアの煽りで攻撃性高まる人々

中国で活躍する多くの外国人ユーチューバーと同様に、当時のタイさんの動画は、中国での生活や旅行の経験、あるいはアメリカと中国の文化を比較したものが多かった。しかし、2016年頃、彼は周囲の雰囲気がどんどん険悪になっていくことに気づいた。

「その頃、中国の国営メディアのナショナリズムに煽られて、多くの中国人がどんどん攻撃的になっていることに気づいた。例えば、レストランに行くと、理由もなく罵声を浴びせられたり、中国人の妻がいることで嫌われたりすることが増えてきた」とタイさんは語った。

「この変化は、少なくとも、習近平政権の政策の方向性に起因するものだと思う。中国当局は、世界全体が敵だと思っているようだ」

この年、習氏はメディアへの締め付けを強化し、「党のメディアは党に従うべきだ(党媒姓党)」と要求し、中国における言論統制をさらに強化した。

不吉な兆候

2017年の内モンゴルでの体験が、タイさんに悪い予兆を与えた。当時彼は、友人であり同じくユーチューバーであるウィンストン・スターゼル(Winston Sterzel)さんと一緒に、動画『オートバイで楽しむ中国北部(Northern China on a Motorbike)』を撮影していた。

タイさんによると、友人が知人を介し、現地の公務員に内モンゴルの遊牧民の生活を撮影するための案内を依頼した。しかし、英語があまり話せないその公務員は、彼らのYouTube動画への悪意あるコメントを信じ、「中国を誹謗中傷するために撮影しているのではないか」と急に考えを改めたという。

「この公務員はその後、私たちが行く予定のあるすべての場所に電話をかけ、『この2人の外国人はあなたたちをからかい、中国を悪者にするために来たのだ』という噂を流した」

2人は、それでもなんとか遊牧民の風景を撮影することができた。しかし、ホテルに戻った後、地元の警察部隊がドアを蹴破って入ってきた。

「銃とボディカメラで武装した警察隊は、ホテルの部屋に押し入り、私たちを引き離して尋問した。彼らは、私たちがジャーナリストであり、違法なビデオを撮影していることを認めさせようとした。私たちは、自分たちが撮影したラクダや食べ物の映像を何度も見せ、必死に説明しようとした。しかし、彼らの態度は非常に高圧的だった」とタイさんは言う。

数時間の取り調べの後、警察は引き上げたが、タイさんが非常に気になったのは、広東省から何千キロも離れた内モンゴルの警察官が、彼らの経歴を知り尽くしていることだ。「私たちがどこで働いていたか、雇用契約がどうなっているか、私がどこで買い物をしたか、妻の名前と勤務先など、何でも知っている」

「これは、2016年以降に起こった様々な出来事の一つに過ぎない。不吉な兆候が見え始め、自分はもう中国では歓迎されていないのだと悟った」とタイさんは言った。

中国脱出「人質外交の犠牲者になる恐れも」

内モンゴルから恵州に戻ってきたタイさんは、危険が迫っていることを実感した。2018年初め、友人から、「地元の警察があなたの写真を持ち、外国人がよく集まるバーやレストランなどで情報提供を求めている」と聞いた。

これは、内モンゴルの出来事と関係があるのではないかと直感した。出国禁止になることを恐れて、すぐに中国を離れることにした。まずは香港に行ってから、次の計画を立てるという。彼は荷物をまとめ、友人の運転する車で深圳湾口岸に向かった。

「とても緊張した。国境警察官に中国名を聞かれた。そんな質問をされたのは初めてだったので、思わず『ノー』と答えた。中国本土に戻る予定があるのかと聞かれたとき、『はい』と答えた。結局、私の出国は許可された。しかし、カウンターを出たところで、警察官が私の中国名を口にするのが聞こえてきた」

香港に到着した後、タイさんは友人から恵州の地元の交通局、公安、さらには軍隊が彼の行方を探していることを知った。中国当局は、彼が恵州でドローンを使って撮影した空撮映像に、軍事基地が映っていると考えている。

彼のドローンは現地で登録されており、飛行禁止区域に入ったのであれば、すぐに警告を受けるはず。また、中国のネットユーザーが全く同じ空撮映像を中国の動画共有サイトにアップロードしても、何の問題も起こらなかったという。

「彼らは、私が内モンゴルに行ったことを利用し、事件を起こそうとしたのかもしれない。彼らは私のことを、現地の政治的混乱を暴くために映像を撮ろうとしている、従順でないジャーナリストだと思ったかもしれない」

タイさんが中国を離れて数カ月後、彼の動画に出演していたカナダ人のマイケル・スペーバー(Michael Spavor)氏がスパイ容疑で中国で逮捕された。同氏と、同じ容疑で逮捕されたカナダ人のマイケル・コブリグ(Michael Kovrig)元外交官は、現在も拘束されたままである。

2人の逮捕は、中国共産党による「人質外交」と見なされている。中国政府はこれを利用し、米国からの身柄引き渡し要請に応じて逮捕された中国通信機器最大手・華為技術(ファーウェイ)の孟晩舟副会長兼最高財務責任者の釈放をカナダ政府に求めている。

タイさんは、「私もそのまま中国に滞在していたら、同じ目に遭っていたかもしれない」と語った。

「中国では、自由は表面的なものにすぎない」

タイさんが2020年7月に中国脱出劇をYouTubeに投稿して以来、これまでに125万回以上の再生回数を記録し、1万件以上のコメントが寄せられている。

帰国後もYouTubeチャンネルを運営し、現在68万人近くのフォロワーを持っている。これまでのエンターテインメントの話題とは異なり、現在は中国の政治的・社会的問題についても発言している。

「ようやくアメリカに戻ってきたとき、自分には言いたいことがたくさんあることに気づいた。特にこれまで話せなかった人権問題などについて、自分の胸の内を吐き出したかった」とタイさんは語る。

中国での生活は一時的に自由で楽しかったと感じていたが、中国のことを知るにつれ、その自由は表面的なものに過ぎないと気付いたという。

「中国に存在する本当の抑圧を目の当たりにするには時間がかかる。少数民族への弾圧、言論やネット上の表現に対する検閲など、さまざまな問題がある。中国では、人々は自分の意見を言うことや、自分の考えを持つことさえ恐れている」と彼は語る。

「このことを伝えなければならない。それが私の責任だと思っている」

(翻訳編集・王君宜)

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