多くの人は心拍数の測り方を知っていますが、健康状態をさらに詳しく知る鍵となる「心拍変動(HRV)」を測っている人はほとんどいません。かつては代替医療の一部と見なされていたHRVですが、慢性疾患が世界中で増加する中、いまや身体と心の健康を測る重要な指標として注目を集めています。
「心拍変動は、うつ病や不安障害、PTSDなどの治療にも役立つと考えられるようになっています」と、神経心理学者でHRVの研究者であるJ.P.ギンズバーグ氏は、エポックタイムズのインタビューで語っています。「以前はほとんど知られていないマイナーな存在でしたが、現在では研究も盛んになり、大規模な研究や臨床現場で活用されています」
HRVは、身体と心の状態をリアルタイムで把握できる可能性を秘めており、近い将来、誰もが活用する健康ツールになるかもしれません。
HRVとは?
心拍変動(HRV)は、心拍の間隔が微妙に変化する様子を反映しています。心拍数が心臓がどれだけ速く動いているかを示すのに対し、HRVは心拍のリズムやそのばらつきを測定します。これは、単に歩数を数えるのではなく、一歩一歩のペースに注目するのに似ています。歩く速度に適度な変化があるのが健康的とされるのと同じように、心拍にも一定のばらつきがあることが望ましいのです。
リラックスして十分な休息を取れているときは、心拍の間隔に多くのばらつきが見られます。一方、ストレスや不安、疲労が強いと、心拍は一定のリズムに固定されやすくなり、ばらつきが減少します。HRVが低いということは、体がストレスへの対応にエネルギーを多く使っており、回復が十分に進んでいない可能性を示しています。
HRVは、自律神経系(ANS)によって左右されます。この自律神経系は、心拍や消化など、意識せずに行われる体の機能を制御しています。ANSには、緊張や危機に対処する「交感神経系」と、リラックスや回復を促す「副交感神経系」という2つの主要な部分があります。HRVは、この2つのバランスを反映し、体がストレスにどのように対処し、回復しているかを表すスナップショットのようなものです。
科学者でHRV4Trainingの創設者であるマルコ・アルティーニ氏は、エポックタイムズのメールインタビューで次のように説明しています。「挑戦や危機を感じたとき、自律神経系は副交感神経の活動を抑え、心拍リズムに影響を与えます。ストレスそのものを直接測ることはできませんが、HRVは、運動やライフスタイル、日常のストレスに対して体がどう反応しているかを示す信頼できる指標です」
「HRVを使うと、体がストレスにどう反応しているか、どれだけ回復しているか、そしてシステム全体がどれだけ強靭であるかを把握できます」とアルティーニ氏は語ります。「仕事のストレスや家庭の責任を抱えているとき、または健康を維持しようとしているときでも、HRVは体がその要求にどれだけ対応できているかを知るための窓口となります」
なぜHRVが重要なのか
HRVは単なるフィットネス指標ではなく、身体的・精神的健康を示す重要な指標です。HRVが高い場合、心血管系が強く柔軟であることを示し、逆にHRVが低い場合は、健康上のリスクが潜在的に高まる可能性を示唆します。
身体的には、HRVが高いと心臓が柔軟であることを意味し、ストレスや課題に対応し、効率的に回復できる能力を持つことを示します。EP Europaceに掲載された研究によると、HRVが低いと、過去に心疾患のない人でも心臓発作などの初期の心血管イベントのリスクが最大45%増加する可能性があることが示されています。
また、研究には異論もあるものの、HRVは迷走神経を通じて炎症を制御する体の能力を示す指標である可能性があると考えられています。
特に2型糖尿病の人にとって、HRVは非常に有用です。研究によると、これらの人は一般的にHRVが低く、神経系が弱まって心拍数の調節が困難になり、高血圧を引き起こすことがあります。これにより心臓の合併症リスクが高まるため、HRVはこれらのリスクを追跡し管理する上で役立つツールとなります。
さらに、HRVは寿命とも関連しています。3万8008人を対象とした研究では、HRVが低い人はHRVが高い人に比べ、死亡リスクが56%高いことが分かっています。
「HRVが高いと、回復力があり健康状態が良好であることを示します」とギンズバーグ氏は述べています。「一方、慢性的にHRVが低い場合は、健康状態が悪化し、さまざまな病気に対する脆弱性が高いことを意味します」
HRVは、長寿や適応力を示す広範な指標として注目されており、体がどれだけ回復力を保てるかと直接的に関連していると彼は説明します。
また、HRVは感情的な回復力にも関係するとアルティーニ氏は指摘します。HRVが低いと、不安やうつ、認知機能の低下と関連することが多く、体が日々のストレスをどの程度処理できているかを反映しています。慢性的にHRVが低い場合、ストレスが気分や集中力、全体的な精神的回復力に影響を及ぼしている可能性があります。このように、HRVは体のバランスや回復力をリアルタイムで示してくれるのです。
HRVはどのように測定されるのか?
HRVは、通常の健康診断や病院での診察ではあまり測定されません。ただし、一部のカイロプラクターや心臓専門医が検査を行ったり、トレッドミルやエアロバイクを使う心肺ストレステストの一環として測定されることがあります。
従来、HRVは心電図(ECG)を使って測定してきました。心電図は、心臓から出る電気信号を記録し、「R-R間隔」(心拍と心拍の間の時間)を計算します。この方法は心拍のリズムの変化を非常に正確に測れるため、HRVを測る最も信頼できる方法とされています。
最近では、スマートウォッチやフィットネストラッカーといったウェアラブルデバイスのおかげで、HRVを測ることが手軽になりました。これらのデバイスは、手首に付けたセンサーで脈拍のばらつきを測定し、それを元にHRVを推定します。
「ウェアラブルデバイスは、測定中に動かなければかなり正確にHRVを測れます」とアルティーニ氏は言います。特に、正確さを求めるなら夜間に測定するのがおすすめです。
ただし、ギンズバーグ氏は、ウェアラブルデバイスはHRVを手軽に測るのには便利だけれど、病院や研究で使うほどの精度はないと指摘します。「ウェアラブルデバイスは、自分のHRVの変化を追うには役立ちます」と述べています。ただし、脈拍を見逃したりセンサーが肌から外れたりすると、精度が落ちることがあります。
この問題については、ウェストバージニア大学の研究でも取り上げられています。研究によると、市販のウェアラブルデバイスは心臓の電気信号を直接測るのではなく脈拍データを使っているため、心電図を使ったHRV測定と比べると誤差が出ることがあるそうです。また、デバイスによってHRV測定の正確さには差があることも確認されています。
「指先や耳たぶにセンサーを付けて測定するタイプのデバイスは、より正確な結果を得やすいです」とギンズバーグ氏は言います。これらのセンサーは肌との接触が安定しているため、精度を求める人にはおすすめです。
さらに、病院に行かずに心電図並みの正確さを求めたいなら、HRVアプリと胸部ストラップ型モニターを組み合わせる方法があります。このモニターは胸に巻いて心臓の電気信号を直接測るデバイスで、より信頼性が高く、自宅でもしっかりとHRVの変化を追跡できます。
理想的なHRVとは?
HRVに関して「これが理想」という共通の目標値はありません。HRVは年齢や体力、遺伝、生活習慣などによって個人差が大きいためです。アルティーニ氏は、「万人共通の数値を目指すのではなく、自分自身の基準値を見つけることが重要です」と述べています。その基準値とは、体調が良いと感じるときのHRVの範囲のことです。
HRVはミリ秒単位で測定され、毎日の短時間の測定や24時間にわたる測定で記録することができます。それぞれ異なる洞察が得られます。2017年のFrontiers in Public Health誌の研究では、24時間の平均HRVが100ミリ秒以上の場合、良好な健康状態を示すことが多いとされています。一方、これを大幅に下回る場合、潜在的な健康リスクの兆候である可能性があります。
短時間の測定(たとえば30~50ミリ秒)も健康的なパターンを示すことがあります。ただし、これは長期間の平均ではなく、瞬間的な変動を捉えるものです。重要なのは特定の数値を目指すことではなく、年齢や生活習慣、体力レベルに応じた自分自身の基準値を維持することです。
「最も大切なのは一貫性を保つことです」とアルティーニ氏は説明します。「理想的な状態とは、HRVが時間を通じて安定していることです。それが自分の通常の範囲内にあるなら問題ありません」
一方で、大幅な低下や徐々に減少していく傾向が見られる場合は、体がもっと休養を必要としていたり、ストレス管理や生活習慣の見直しが必要なサインかもしれません。HRVはストレスや睡眠、食事などさまざまな要因で日々変動しますが、定期的に測定することで通常の変動と重要な変化を区別できるようになります。
「全員がHRVを測定する必要があるとは言いませんが、アスリートだけでなく多くの人にとって役立つツールになり得ます」とアルティーニ氏は述べています。
測定を始める場合、朝に座った状態で測るのが良いとされています。アルティーニ氏が開発したアプリのようなツールを使えば、自分の基準値を設定し、ストレスや回復の必要性を示す変化を検出することができます。
多くの人にとって目標は、HRVをより高くすることではなく、自分に合った範囲を安定して維持することです。HRVを測定することで、睡眠の改善やバランスの取れた食事、定期的な運動などの生活習慣が健康にどう影響しているかリアルタイムで確認できます。このデータを活用して傾向をつかむことで、心身の回復力を高めるための手助けができるのです。
HRVを改善するには?
自律神経系は、心拍や消化、ストレスへの反応といった無意識の働きを管理していますが、これを直接コントロールすることはできません。ただし、呼吸を使うことで間接的に自律神経系に影響を与え、HRVを調整することができます。ギンズバーグ氏は、「意識的な呼吸法がHRVを改善する最も効果的な方法の一つです」と述べています。
「呼吸は完全に自分の意思でコントロールできます」とギンズバーグ氏は説明します。「呼吸に合わせて自律神経系が反応し、ゆっくりと深く呼吸をすることで副交感神経の働きが高まり、体がリラックスした状態になります」
深くゆっくりとした呼吸を習慣にすることで、HRVを高めることができ、ストレスへの耐性や自律神経系の機能が向上します。
理想的な呼吸法として、ギンズバーグ氏は「共鳴呼吸(レゾナンスブリージング)」を推奨しています。これは1分間に約6回の呼吸、つまり1回の吸って吐くサイクルを10秒程度にするものです。無理のない範囲で、自分にとって心地よいリズムを見つけることが大切です。
呼吸法以外にも、HRVを改善するのに役立つライフスタイルの工夫がいくつかあります:
- 適度な運動:定期的で適度な運動は、長期的にHRVを向上させる効果があります。特にウォーキングやランニング、サイクリングなどの有酸素運動が効果的です。「運動は健康(そしてHRV)を改善するための基本的なツールです」とアルティーニ氏は述べています。ただし、やりすぎは逆効果になる場合があり、HRVの低下を招くことがあります。バランスが重要です。
- 質の高い睡眠:睡眠はHRVを高める重要な要素です。十分で質の良い睡眠は体の回復を促進し、逆に質の悪い睡眠はHRVを低下させます。就寝時間を一定に保つことや、寝る前のスクリーンタイムを減らし、リラックスできる環境を整えることが、より良い睡眠とHRV向上に役立ちます。また、心拍数や血圧の改善にもつながります。
- マインドフルネス:マインドフルネスや瞑想、ヨガといった習慣もHRVを改善します。これらはストレスを減らし、体の生理的な反応を落ち着かせることで、心身のバランスを整えます。ギンズバーグ氏は、これらの「ボトムアップ療法」は、体を通じて心を落ち着けるアプローチであると説明しています。一方で、認知療法のような「トップダウン」アプローチとは異なります。
- バランスの良い食事:血糖値を安定させ、心血管の健康を支える全粒食品を中心にしたバランスの良い食事は、HRVの改善に効果的です。「代謝の健康をサポートする食事は、自律神経系の回復力を保つのに役立ちます」とアルティーニ氏は述べています。
- 水分補給と刺激物の制限:水分を十分に摂ることは心臓の機能に欠かせません。また、カフェインなどの刺激物を特に午後以降に控えることで、睡眠の質が向上し、HRVの安定にもつながります。
これらの生活習慣の工夫と呼吸法を組み合わせれば、誰でも手軽にHRVを改善し、ストレスへの耐性を高め、長期的な健康をサポートできます。
「HRVは呼吸を通じて私たちのコントロール下にあります」とギンズバーグ氏は語ります。
小さな意識的な工夫を重ねることで、HRVを使って心身の健康を向上させることができるのです。
HRVバイオフィードバックで健康を向上させる
HRV(心拍変動)の最も効果的な活用法の一つが、バイオフィードバックトレーニングです。この方法では、リアルタイムでHRVをモニタリングしながらストレスを管理し、回復力を高めることができます。従来の薬物療法や定期的なカウンセリングに頼る治療法とは異なり、HRVバイオフィードバックは、自分自身で進められるツールであり、日常生活に簡単に取り入れられるのが大きな特徴です。
HRVバイオフィードバックでは、リアルタイムでHRVを確認しながら、呼吸を調整することで副交感神経を活性化し、体をリラックス状態に導きます。この技術は特に、慢性的なストレスや不安、PTSD(心的外傷後ストレス障害)、高血圧を抱える人にとって非常に効果的で、ストレス反応を軽減し、全体的な健康を向上させる手助けをします。
「HRVバイオフィードバックの素晴らしいところは、自己管理型であることです」とギンズバーグ氏は語ります。「呼吸を調整する方法を学ぶことで、ストレスを管理し、精神的な回復力を高め、場合によっては慢性的な症状を軽減することも可能です。このスキルは誰でも身につけられ、心と体の健康に大きな利益をもたらします」
(翻訳編集 華山律)
ご利用上の不明点は ヘルプセンター にお問い合わせください。