炭酸飲料や数千もの食品に使用されているこの保存料が、アルツハイマー病患者の記憶力や認知機能を改善し、日本でも死因の一つとされるこの疾患に対抗する、安価で身近な化学物質となる可能性があります。
軽度アルツハイマー病の患者149人を対象とした臨床試験の最新分析によると、安息香酸ナトリウムを24週間にわたり毎日摂取することで、認知機能が改善され、血液中の異常タンパク質(アルツハイマー病の特徴の一つ)のレベルが低下したことが確認されました。
研究で明らかになったこと
現在のアルツハイマー病治療は高額で、重篤な副作用が伴う場合があることから、研究者たちは食品保存料として広く使われている安息香酸ナトリウムに、それ以上の可能性があるかを検証しました。
対象となった50~90歳の参加者は、プラセボまたは500mg、750mg、1,000mgの安息香酸ナトリウムを毎日24週間摂取するグループに無作為に振り分けられました。
高用量のグループで最も顕著な効果が見られ、750mgまたは1,000mgを摂取した人では、方向感覚、言葉の想起・検索などの認知機能が改善し、アミロイドベータタンパク質(脳内に蓄積する有害なタンパク質)の血中濃度が低下しました。特に、ベースラインでアミロイドベータのレベルが高かった参加者において、最大の改善が見られました。
「アミロイドベータは、脳の情報伝達システムを詰まらせる『分子のゴミ』のようなものです」と、研究には関与していないラッシュ健康老化研究所の臨床研究者、トマス・ホランド博士は語ります。「この蓄積が時間とともに、記憶障害や認知機能の低下を引き起こします」
ホランド氏は、今回の研究結果が、安息香酸ナトリウムがアミロイドベータの処理に影響を与えた可能性を示しているとし、「生成量を減らす」「除去を促す」などの働きがあった可能性に言及しました。ただし、正確な作用メカニズムはまだ明らかになっていません。
どのように作用するのか?
安息香酸ナトリウムは、酸性の食品や飲料の保存料として広く使用されており、定められた範囲で使用される限り、「一般に安全と認められる物質」とされています。
アメリカ食品医薬品局(FDA)は、食品および飲料中の安息香酸ナトリウムの最大濃度を0.1%と定めています。一方、世界保健機関(WHO)は、体重1kgあたり1日最大20mgの摂取量を目安としており、生涯を通じて安全に摂取できる量を示しています。例えば、体重68kgの成人では、WHOの基準に基づき、1日約1,300mgまでが安全とされています。
とはいえ、この保存料には議論もあります。ビタミンCと組み合わせた際、特定の条件下で発がん性物質であるベンゼンが生成される可能性があること、一部の研究では、子どもの多動性や細胞機能障害との関連が指摘されている点などが懸念されています。
今回の臨床試験において、安息香酸ナトリウムは現在の治療法とは異なり、アミロイドプラークの除去だけに依存せず、複数の経路を通じてアルツハイマー病に対抗していることが示唆されました。
この保存料は、既存のアルツハイマー治療の枠組みにとらわれない「多標的アプローチ」の中間的な位置づけといえます。
中国医科大学・生物医科学研究所の教授であり、今回の研究の責任著者であるシェン・ユアン・レーン氏は、アミロイドベータのレベルを下げる正確な仕組みは不明だが、代替的な作用経路がある可能性について言及しました。
たとえば、安息香酸ナトリウムは、学習や記憶に必要な神経伝達物質「D-セリン」を分解する酵素の働きを抑制することで、脳細胞間のコミュニケーションを改善する可能性があります。D-セリンは、神経細胞同士が信号をやり取りするために必要な特定の受容体を活性化する役割を担っていますが、加齢やアルツハイマー病ではこの働きが低下し、神経伝達が困難になります。
さらに、安息香酸ナトリウムには、酸化ストレス(有害分子による細胞損傷)を軽減する作用もあり、アルツハイマー病の別の原因に対抗する可能性があります。過去の研究では、この保存料が脳の免疫細胞の炎症を抑え、損傷からの回復や新たな神経ネットワークの形成を助けるタンパク質の産生を促進することで、神経細胞を保護することが示されています。
軽度のアルツハイマー病患者においては、抗酸化物質であるカタラーゼやグルタチオンのレベルを高めることも確認されています。これらの物質は、脳細胞を酸化ストレスから守り、アルツハイマー病の進行に関連する神経細胞の損傷を防ぐ働きがあると考えられています。
治療の緊急ニーズ
「現在のアルツハイマー病治療は、症状の管理と疾患の進行を遅らせることに焦点を当てており、根本的な治療法は存在していません」と、レーン氏は述べました。
彼は、近年のアルツハイマー病治療において、進行を遅らせる上で有望な結果が示されていることも認めています。
「しかし、これらの治療法は脳の腫れや出血などの副作用を引き起こす可能性があり、費用や頻繁な注射、モニタリングの必要性など、現実的な課題があります」と、彼は指摘しました。
ホランド氏は、現在使用されている薬はアミロイドのみを標的としており、軽度認知障害のある人に限定的に承認されているため、効果は限られており、疾患が進行してからの対処であって予防ではないと述べました。
「最大のブレークスルーとなるのは、疾患の進行を予防し、同時に治療にも効果がある、安全で多面的な治療法です。アルツハイマー病では、アミロイドだけでなく、より広範な生物学的変化を標的とする必要があります」とホランド氏は語り、心疾患の治療が単にコレステロールを下げるだけでなく、複数の要因にアプローチしているのと同様であると例えました。
ホランド氏はまた、高齢者の認知機能低下リスクを軽減するための健康的なライフスタイル改善を検証する2年間の臨床試験「U.S. POINTER試験」の医療顧問兼研究臨床医も務めています。
過去の研究から
今回の試験では、加工食品に含まれる量よりもはるかに高い用量の安息香酸ナトリウムが使用されました。統合失調症の患者を対象とした以前の臨床試験では、1日最大2,000mgの用量が投与されました。
「食品保存料と聞くと驚くかもしれませんが、食品に含まれるごく微量と、医療目的で慎重に使用される用量は明確に区別する必要があります」と、ホランド氏は述べました。
彼はまた、食事中の保存料が他の成分と相互作用する可能性があることから、こうした用量の長期的な影響については、まだ不明な点が多いと指摘しました。
安息香酸ナトリウムがアルツハイマー病に対してテストされたのは、今回が初めてではありません。
台湾で行われた小規模なヒト試験でも有望な結果が示されています。2014年に実施された24週間の試験では、記憶性軽度認知障害または軽度アルツハイマー病の患者60人を対象に、安息香酸ナトリウムを摂取したグループが、プラセボ群と比較して、指示の記憶、単語想起、理解、方向感覚などにおいて大きく向上し、顕著な副作用は見られませんでした。
より小規模な試験では、単語の想起や方向感覚、繰り返しによる記憶保持能力の向上に加えて、MRIスキャンによる脳の活動変化も観察されました。
ホランド氏は、安息香酸ナトリウムが既存の治療法とは異なる作用を持つことに注目し、次のように述べました。
「安息香酸ナトリウムは、脳の『ゴミ』であるアミロイドだけでなく、酸化ストレスによる神経細胞の損傷にも対応できる可能性があります。患者の立場からすると、自宅で安全に服用できる錠剤という選択肢は、繰り返し病院で点滴を受けるよりもはるかに現実的です」
さらに彼は、この化合物が既存の治療法を補完し、より安全な第一選択肢となる可能性があるとしつつも、より大規模な研究が必要だと述べました。
専門家たちは、いくつかの重要な疑問が依然として未解決であると警告しています。今回の研究では、脳内ではなく血液中のアミロイドタンパク質が測定されました。
「ここは重要で微妙な点です。血液中のアミロイドレベルは、必ずしも脳内の状態を正確に反映しませんが、傾向を把握する手がかりにはなります」とホランド氏は述べました。
彼は、血液中のアミロイドレベルの測定を「川の下流で水質汚染をチェックするようなもの」と例え、下流の数値が低ければ上流がきれいかもしれませんが、直接的な関係があるとは限らないと指摘しました。
研究者たちも、血液中のアミロイド変化が、脳や脊髄液における実際の変化をどれほど反映しているかは不明であると認めています。また、レーン氏は、日常の食事から摂取する安息香酸ナトリウムが、アルツハイマー病のリスクや進行に影響を与えるかどうかも、まだ分かっていないと述べました。
「これらの発見は非常に期待が持てますが、結論を確定するためには、脳の画像検査や脊髄液検査といったより詳細な分析と組み合わせることが必要です」と、ホランド氏は語りました。
(翻訳編集 日比野真吾)
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