身近な幸せを再発見

友人達と雑談をしていた時、簡単なゲームをしました。それぞれが最も得たい幸せとは何かを書いてもらったのです。最初は友人達の壮大な夢を期待しましたが、実際に書かれたのは意外にも単純で、すぐに実現できそうな内容でした。

母親になったばかりのメイさんは、邪魔されずに数時間連続で寝かせてほしいと書いていました。赤ちゃんは夜によく目が覚めるので、母親はゆっくり休む時間が取れません。そのため、メイさんはまとまった睡眠時間を取ることが最大の幸せだと思っています。

アンジエさんは、ご主人のために美味しい骨スープを作れるようになりたいと書いていました。ご主人は大病をして療養中なので、早く回復できるように、栄養たっぷりの骨スープを作りたいと試行錯誤していますが、なかなか思うように美味しいスープが作れません。そのため、美味しい骨スープを作ることが、自分にとって最大の幸せだと思っています。

カカさんが書いた幸せとは、一日休みをもらってゆっくり家で洗濯し、部屋を掃除したいということでした。カカさんは最近仕事が忙しくて、20日間連続して働いていて、洗濯をしたり、家を片付けたりする時間さえありませんでした。そのため、彼女が望んでいる幸せは、ゆっくり家事をする時間が欲しいという単純なものでした。

友人達が望んでいる幸せを見れば、どれもさほど難しいことではなく、平凡な日常の中で簡単に得られることばかりでした。食事を食べたり、家事をしたり、睡眠を取ったりすることなど……。人々はこれらのことを毎日経験していますが、これを最大の幸せだと思う人はほとんどいないでしょう。しかし、このような当たり前のことを当たり前にできない状況になって、はじめてそれがいかに幸せなことだったのかが分かるようになるのです。

(翻訳編集・知行)