東京・浜離宮にある「三百年の松」。1709年の大改修時に植えられたという(大紀元)

【花ごよみ】マツ

「山の赤松、海辺の黒松」というのは、だいぶ大雑把な言い方かもしれない。

いずれにせよ日本人が大好きな松は、一木でも、あるいは群生していても、歌舞伎役者のような見事な姿を見せる希少な樹木であるといってよい。

「まつ」という和語の響きも耳に心地よい。声調も「待つ」と同じなので、天から神が降臨するのを待つように、何かを仰ぎ見る姿勢になるところも松が好まれる理由の一つであろう。

この樹木の名前がついた地名といえば、やはり日本三景の「松島」が筆頭に挙げられる。

日本は風景の豊かな美しい国である。例えば、静かな海面に浮かぶ多島美の風景を競わせてみれば、松島のみならず、瀬戸内も、英虞湾も、肥後の天草も、甲乙つけがたい美しさをもつだろう。

ただ、松尾芭蕉が『奥の細道』で憧れを抱いた松島は、古来多くの名歌のもととなった歌枕の地であることが特筆される。

もちろん「松島や ああ松島や 松島や」という駄句を、まさか芭蕉が詠むはずはない。ところがこれが、なぜか本当らしく伝わり、かつては松島町の観光看板にも記されていた。

『街道をゆく』の取材で松島を訪れた司馬遼太郎さんが、これに呆れて、著作のなかで誤りを指摘している。筆者(鳥飼)が松島を旅行したときには、さすがに看板の「松島や」はペンキの上塗りで消されていた。

ただ、あの海浜の美景に合うのは、杉でも檜でもなく、やはり松でなければならない。芭蕉翁もきっと、そう言われるだろう。

 

(鳥飼聡)

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