(続き)
西行の旅路では、玄奘は普通の人なら肉体的に耐えられないような危険を何百回も経験しました。玄奘はどのように乗り越えたのでしょうか?
追捕の令状が瓜州に到着
玄奘が瓜州(現在の現在の甘粛省の北西部)に着いた時、「通関文牒」(通行証)を持たないため、通行を禁じられました。
瓜州都督がなぜ西域へ行くのかその理由を尋ねると、玄奘は「私は仏法を求めるために長安から西域に行きます」と答えました。
都督は国境を厳重に警備するよう命じられていると言い、玄奘に長安へ帰るよう命じました。
玄奘を非常に尊敬していた地元の僧侶である慧威法師はこの話を聞き、密かに二人の若い僧侶を玄奘のもとに遣り、夜の間に玄奘を瓜州まで護送させました。
しかしその時、瓜州には「西域に行きたがっている玄奘という僧がいる。各地の県と州は警戒を厳しくし、この僧を逮捕すべし」という追捕の令状が届いてました。
州吏の李昌は仏教を信仰しており、密かに朝廷からの令状を持って玄奘のところにやってきました。そして玄奘の話を聞いた李昌は玄奘を非常に尊敬し、朝廷の命令に背き、すぐ目の前で令状を裂き破り、速やかに出発してくださいと玄奘に進言しました。
西への旅は、まずは唐の西域国境の関所である玉門関を通らねばならず、そして唐軍が駐在する五つの烽火台を通過しなければなりません。さらに西へ進み、八百里の砂漠を乗り越えたら、最後に伊吾(ハミ)にたどり着くことができるのです。
しかしこの時、玄奘の馬が死んでしまい、同行した二人の若い僧侶も、一人は敦煌に向かい、もう一人は長旅に耐えられなくなったため、玄奘は彼を先に帰らせました。
玄奘は新しい馬を買いましたが、案内人がいないことに悩んでいました。彼は宿泊先の寺の弥勒菩薩像の前で祈願し、玉門関への案内人が見つかるようにと祈っていました。
玉門関への案内人
玄奘の誠意が伝わったのか、しばらくすると玄奘は寺で胡人(外国人)の石槃陀に出会いました。
石槃陀は三蔵法師に受戒させてくださいと頼み、玄奘は五戒を授けました。石槃陀は「それでは私が法師を送って、五烽を通過させましょう」と玄奘に約束しました。
翌日の夕暮れ時、草むらに隠れていた玄奘は、痩せた赤馬に乗った年老いた胡人とともに石槃陀がやってくるのを目にしました。
老人は、「西への旅路はとても危険で、疏勒河を渡ることはとても困難です。道に迷ったり、もし妖気の起こす熱風にあえば逃れられる者はいません。もう一度よく考えて、命を粗末にせぬように……」と玄奘に言いました。
そこで玄奘は「たとえ中途で死んでも後悔しません」と答えました。
玄奘の決意を見て、「どうしても行かれるのであれば、この私の馬にお乗りなさい。この馬はすでに十五回、伊吾まで往復しました。とても丈夫な馬で道もよく知っています。老師の馬は若くて遠い旅には堪えられないでしょう」と老人は玄奘に自分の馬に乗るよう進言しました。
そのとき、玄奘は、かつて長安にいた時、西へ行く求法について、ある占い師に占ってもらったことを思い出しました。
その占い師は「漆塗りの鞍をつけた痩せた赤い老馬に乗っていくでしょう」と言っていたのです。老人の馬を見ると、まさしく痩せた赤馬で、その鞍は漆塗りの鞍でした。玄奘はこれは天意であろうと思い、すぐに老人と馬を交換し、別れを告げました。
夜になってから玄奘は石槃陀と一緒に出発しました。真夜中に河に到着し、はるか遠くには玉門関が見えました。そこで石槃陀は、木を切って橋を架け、草を敷いて砂を埋め、馬を追って河を渡らせる方法で、玉門関を迂回し突破しました。
橋を渡り終え、玄奘は石槃陀と五十歩余り隔てたところで布団をおろして眠りました。寝ついて間もなく、石槃陀は起き上がり刀を抜いて、そろりそろりと玄奘に近づいてきました。しかし、あと十歩ほどというところで引き返しました。
玄奘はこれを見て、石槃陀の意図がわからず、何か企みがあるのかと心配となり、すぐに起き上がって読経をしました。石槃陀は玄奘の様子を見ると自分の布団に戻り眠りました。
翌日、明け方近くになって、玄奘は石槃陀を起こし、身だしなみを整えて、食事を済ませて出発しようとした時、石槃陀は、「よく考えましたが、この先の道は危険で、水源もありません。五烽の下だけにしか水は無く、夜そこで水を盗んで通過せねばなりません。警備兵に捕まると必ず殺されるので、やはり戻った方が安全です」と言いました。
玄奘は決意が固まっていたので、決して引き返そうとはしませんでした。<すると、石槃陀は刀を抜き弓を抜いて玄奘三蔵に前を行くよう頼みましたが玄奘はそれには従いませんでした。
数里進むと石槃陀は立ち止まって、「弟子(自分)はもうこれ以上に進むことができません。私の家には老人と幼子がいますし、またこっそり越境するのはあまりにも罪が重く、王法を犯すことはできません!」と言いました。
石槃陀は「法師もきっと伊吾に到着できないでしょう。もし捕らえられ、私も巻き込まれたらどうなるのでしょうか?」と玄奘に言いました。玄奘は石槃陀の困難を理解し、彼を帰らせることにしました。
石槃陀を安心させるために、玄奘は「たとえこの身を微塵にされても、けっして巻き添えにはしない」と固く誓いました。
そうして、玄奘は石槃陀を感謝して彼と別れ、先方にある烽火台を突破しようとひとりで出発しました。
(続く)
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