人間の健康と幸福のための研究が益より害になりうる

中国の機能獲得研究が危険なウイルスに対する自然のバリアを破る(上)

私たちが動物園のトラを怖がることはありません。攻撃することはないと信じているからです。しかし、誰かが檻を開けたらどうでしょうか?

自然界には死を招く危険性が高いウイルスが多くありますが、人間には感染しません。しかし、ウイルスが種を超えて感染し始めれば恐怖が生じます。

この種の壁を超えた感染は、自然に起こる場合もあれば、機能獲得研究などの危険な研究によって起こる場合もあるのです。

機能獲得研究とは何か

あらゆる物質には機能があります。ウイルスが急速に広がったり、深刻な病気が引き起こされるのは、特定の遺伝子によるものです。機能獲得研究では、ウイルスに新しい機能遺伝子を導入し、宿主に感染する能力を高めたり、毒性を高めたりします。

ウイルスは、少なくとも3種類の機能を獲得することになります。

ウイルスの機能獲得研究の結果、ウイルスはヒトへの感染能力、伝染力の強化、毒性の増大などの新しい機能を獲得することがよくある(Illustration by The Epoch Times, Shutterstock)
  • 宿主域の拡大

機能獲得研究により、ウイルスはこれまで感染できなかった新しい種に感染できるようになります。種の壁を越えてヒトに感染できるようになることもあり、人獣共通感染症の発生やパンデミックに繋がりかねない重大なリスクをもたらします。2015年のNature Medicineの記事が、適切な例を示しています。コウモリ由来のSARS類似コロナウイルスは当初はヒトに感染しませんでしたが、中国の武漢ウイルス研究所 (WIV) での機能獲得研究の後、ヒトに感染するようになりました。
 

  • 伝染力の強化

機能獲得研究により、ウイルスは宿主間でより効率的に拡散する能力を獲得する可能性があります。ウイルスが新しい経路、または既存の経路でより効率的に伝染できるように変化するのです。2012年、ウィスコンシン大学マディソン校の機能獲得研究により、H5N1鳥インフルエンザウイルスが大きく変化し、それまでなかった空気感染能力を獲得しました。これにより、機能獲得研究がウイルスの能力に多大な影響を与えることが実証されました。
 

  • 毒性の増大

ウイルスは変異を起こして毒性が増す可能性があり、感染した宿主に重篤な疾患を引き起こす可能性があります。宿主の免疫システムを回避する能力が強化されたり、宿主内での複製率が増加する場合があるからです。2022年のプレプリント論文では、ボストン大学の研究者が致死性の高いオミクロン株を作成したことが示されています。

機能獲得研究は、細菌に有益な特性を生み出すためにも使用されます。たとえば、ヒトインスリン遺伝子を追加すれば、細菌はインスリン生成という新しい機能を獲得します。

機能獲得研究に係る懸念

ウイルス遺伝子は比較的編集しやすいため、機能獲得研究ではウイルスをよく扱います。しかし、こうした研究には重大なリスクを伴うものもあり、悲惨な結果につながりかねません。

アメリカのバイオセキュリティに関する国家科学諮問委員会 (NSABB)は、機能獲得研究を「パンデミックを引き起こしうる病原体の生成が当然予測される研究」と定義しています。そういった病原体は、次の2つの属性によって特徴付けられます。

  1. 伝染性が高く、人間の集団に広範かつ無制限に広がる可能性がある
  2. 毒性が高く、重大な罹患率や人命損失を引き起こす可能性が高い

このような病原体が誤って研究室から一般の人々に流出したら、制御不能な危険性をもたらしかねません。さらに、機能獲得研究の軍事利用は生物兵器の脅威に該当します。

機能獲得研究の方法としては、ウイルス遺伝子を直接修正する遺伝子編集と、異なるウイルス株の遺伝物質を組み合わせて新しい変異体を作成する遺伝子再集合が一般的です。

実際には、機能獲得研究ははるかに広範に及ぶと言えます。ウイルス遺伝子は非常に多様で適応性が高いため、細胞や動物でウイルスを繰り返し培養することで、予期せぬ遺伝子変異につながる可能性があります。

諸刃の剣

科学者が機能獲得研究を行うのは、往々にしてウイルスについて理解し、薬やワクチンを開発するためです。

科学的にもっともな理由に聞こえるかもしれませんが、見せかけのベネフィットに対するリスクの存在は議論の的です。機能獲得研究は、理論上はウイルスのメカニズムを研究するのに役立ち、薬やワクチンの開発に役立つと言えますが、関連するリスクは大きく、特に危険な病原体を生成する可能性があります。

10年前、米国の研究室オランダの研究室が鳥インフルエンザウイルスに関する2つの研究を発表し、大きな論争を巻き起こしました。

どちらの研究も、ウイルス遺伝子を改変して哺乳類でより伝染性を高める方法に対する理解を深めるために設計されました。その目的は、人々が将来起こりうるパンデミックにより良く備えられるようにすることでした。

予想外にも、両研究グループが別々に致死性のH5N1鳥インフルエンザウイルスの遺伝子を編集したところ、哺乳類間で空気飛沫を介して容易に拡散できる新たな変異株が生み出されました。

編集されたウイルスは哺乳類間でより拡散しやすく、人間に感染する可能性もあります。

2012年のNature誌の記事は、「なぜ科学者は、おそらく人間に非常に感染しやすいH5N1鳥インフルエンザウイルスをわざわざ作るのか?」と重大な疑問を提起しています。

その後、2014年10月、アメリカ当局が、インフルエンザ、MERS、またはSARSウイルスを含む18件の機能獲得研究に対する資金提供の「一時停止」を発表しました。

一時停止は短期間でした。2018年、アメリカ国立アレルギー感染症研究所とオランダ保健当局は、さらなる機能獲得研究への資金提供を承認したのです。

この動きを受け、新たに反対の声が高まりました。ハーバード大学の疫学者マーク・リプシッチ氏は、サイエンス誌の記事で懸念を表明し、「全くもって不透明なプロセスを信頼し、危険な実験の継続を許可する」よう科学者が求められていると述べました。

最終的に、世論の圧力に屈した2つの研究の研究者は、機能獲得研究のために当初申請した助成金の更新を拒否しました。その結果、このような鳥インフルエンザの機能獲得研究は、2020年に米国で正式に中止されました。

米国とほとんどの欧州諸国では、科学者が反対意見を表明できます。つまり、機能獲得研究を進めるには、いくつかの規制上のハードルと倫理審査に直面するのです。

しかし、そういったセーフガードのない国では、機能獲得研究の追求が野放しに進められており、世界を重大なリスクにさらす可能性があります。

2017年2月23日、中国湖北省の省都武漢のBSL-4研究所内で、マウスの入ったケージの横にいる作業員たち。 (Johannes Eisele/AFP via Getty Images)

中国の鳥インフルエンザ機能獲得研究

中国では、鳥インフルエンザウイルスに関する危険な機能獲得研究が2010年代から行われています。

2013年5月にScience誌に掲載された研究で、中国ハルビンのハルビン獣医研究所の研究グループが機能獲得研究を実施し、致死性は高いが伝染しにくいH5N1鳥インフルエンザウイルスと、2009年に数百万人が感染した伝染性の高いH1N1豚インフルエンザ株を組み合わせました。

その結果得られたハイブリッドウイルスの哺乳類への感染能力をテストしたことで、病原体の遺伝子操作に伴う潜在的なリスクが明らかになりました。この研究は、機能獲得研究の軍民両用性を強調しており、パンデミック対策の情報を提供する可能性と、バイオセーフティおよびバイオセキュリティ上の重大な懸念の両方があるとしました。

結果的に、研究者はより毒性の強い新しいウイルスを作成しました。伝染性に関与する遺伝子を組み込んだH5N1ハイブリッド株は、呼吸器飛沫を介してモルモット間で容易に広がる能力を獲得しました。

2021年、米英中の研究者が参加した共同プロジェクトでは、監視とワクチン開発の強化を目指しました。中国の研究所で行われたこれらの実験は、機能獲得研究として明確にラベル付けされませんでしたが、機能獲得研究に典型的な遺伝子改変が含まれていました。

実験では、「連続継代」と呼ばれる通常のウイルス研究アプローチが使用されました。これは、ウイルスを1つの細胞または動物モデルから別の細胞または動物モデルに増殖させるものです。このプロセスでは、より伝染性または病原性が高いウイルスの変異が生き残ることがよくあります。動物モデルも、特定の研究目的でウイルスを複製するために慎重に選択されました。これについては以前の記事で詳しく説明しました。

とはいえ、中国で実施された機能獲得研究の中で最も広く知られているのは、コロナウイルスに関する研究です。

エポックタイムズのシニアメディカルコラムニスト。中国の北京大学で感染症を専攻し、医学博士と感染症学の博士号を取得。2010年から2017年まで、スイスの製薬大手ノバルティスファーマで上級医科学専門家および医薬品安全性監視のトップを務めた。その間4度の企業賞を受賞している。ウイルス学、免疫学、腫瘍学、神経学、眼科学での前臨床研究の経験を持ち、感染症や内科での臨床経験を持つ。