障壁を破る

コウモリは、様々なウイルスのキャリアまたは自然宿主として知られており、コロナウイルスもその1つです。通常、コロナウイルスはコウモリや野生動物にのみ感染し、人間には感染しませんが、機能獲得研究の出現によりこの状況は変化しました。

2015年、中国の研究チームが、中国科学院傘下で中国共産党の管理下にある武漢ウイルス研究所でコウモリコロナウイルスの機能獲得研究を実施しました。

この研究では、研究者らはコウモリのSARS類似ウイルスからスパイクタンパク質（ウイルス表面のトゲ状の構造）の遺伝子を取り出し、今世紀最初のパンデミックを引き起こしたSARSウイルスのバックボーンに挿入しました。

新たに作成されたSARS類似ウイルス（SCH-014-MA15とコードされている）は、人間の気道細胞に感染し、SARSウイルス同様に伝染しました。また、マウスなどの哺乳類に感染し、肺疾患を引き起こす能力も獲得しました。

武漢ウイルス研究所はコウモリのSARS類似ウイルスに関する他の機能獲得研究も実施しており、効果的な結果が得られています。

漏洩したNIHの2014年のレポートによると、武漢ウイルス研究所の研究者は、ヒトのACE2受容体と結合できる天然のコウモリコロナウイルスの実験を行い、その効力を大幅に高めました。研究者らはこのコウモリウイルスを使用して、3つの新しいキメラコロナウイルスを設計しました。

その結果、新しく作られたコロナウイルスは、マウスの肺の中で元のウイルスの10,000倍ものウイルス粒子を生成しました。

さらに、マウスの体重が、特に新しいウイルス株の1つであるSHC014に感染した場合に急速に減少したことは、遺伝子操作されたウイルスによる重篤疾患を示唆しています。マウスにおいて体重は健康状態のマーカーとして一般的に使用されています。

一方、別の新しいウイルスであるWIV-16は体重減少を引き起こしませんでしたが、無症状感染を示していることも考えられます。

監査のゆるさ

現代中国は共産党政権による全体主義的な統治下にあるため、公の監査には限界があり、中国国民がこれらの危険な生物医学実験について懸念を表明することはなかなかできません。

中国では多くの研究室で危険な病原体が研究されていますが、安全性に関する透明性が欠如しているため、これらの研究室の管理に関する評価は困難です。

良性のウイルスも存在しますが、人間に近いウイルスのほとんどは危険です。科学者が研究室で危険なウイルスを扱う場合、不正行為や偶発的な漏洩によって、研究者や近隣住民に重大な安全上のリスクをもたらす可能性があります。

人間の安全性を確保するために、これらの研究室を管理するためのバイオセーフティ規制が設けられています。4つのバイオセーフティレベル (BSL) があり、BSL-3とBSL-4の研究室では最も危険なウイルスを扱っています。

2021年にJournal of Law and the Biosciencesに掲載された調査報告書によると、中国にはBSL-3研究所が48箇所あり、武漢ウイルス研究所は中国本土初のBSL-4研究所です。中国は2025年までにBSL-4研究所を5〜7箇所に増やす計画です。

中国の研究所は十分な技術力を備えていることが多いものの、バイオセキュリティ規制が比較的緩いため、大きな課題に直面しています。中国のBSL-3およびBSL-4研究所からの漏洩事件がいくつか記録されています。

2004年には、北京の世界保健機関のスポークスマン、ボブ・ディーツ氏は、中国疾病予防管理センターに所属する北京の中国ウイルス研究所からSARSウイルスが2度漏洩したことを報告しています。

2019年7月と8月には、蘭州の政府運営のワクチン施設で漏洩が発生し、エアロゾルを介してブルセラ菌が近隣のコミュニティに拡散しました。

ブルセラ菌はエアロゾル化しやすく、ブルセラ症を引き起こす可能性があります。ブルセラ症は家畜に一般的な病気で、人間に慢性疾患や死をもたらす可能性があります。

漏洩後の2020年9月、蘭州市政府衛生委員会は少なくとも3,245人が感染したことを確認しました。中国国営メディアの環球時報によると、2020年12月までに確認された症例数は10,528件に上りました。

武漢ウイルス研究所が建設されたのは、中国でSARSが流行したのとほぼ同時期の2003年でした。武漢ウイルス研究所で進行中のプロジェクトには、以下のウイルスの研究が含まれます。

• SARS
• COVID-19
• エボラ: 重度の出血や臓器不全を引き起こし、死に至る可能性のあるウイルス
• ラッサ熱: 西アフリカ一帯に見られ、人間に感染して死をもたらす可能性があるネズミ由来のウイルス
• クリミア・コンゴ出血熱: 家畜に影響を与え、人間に感染する可能性のある、ダニ媒介性の致命的なウイルス

武漢ウイルス研究所の秘密活動に、軍事目的の大規模な機能獲得研究が含まれていることが報告されています。軍民両用研究とも呼ばれる機能獲得研究の軍事的応用は、大きな懸念事項です。

2023年のUK Biolabsのレポートでは、軍民両用研究の法定監査を評価しました。軍事目的での機能獲得研究の実施に関して、中国の評価は10点満点中0点でした。スコアが低いほど、安全規制が劣っていることを示します。

「樽の理論」

機能獲得研究はリスクが大きいです。理性ある国民や政策立案者に対して、薬やワクチンを開発するためと言って機能獲得研究を支持するよう説得するのはなかなか困難です。機能獲得研究は、国民を守り将来のパンデミックを防ぐ唯一の方法でも一番の有効策でもありません。

ウイルスや細菌によって引き起こされるパンデミックに備えて免疫力を高める低コストで手軽な方法と、それを裏付ける科学的なエビデンスはたくさんあります。ビタミンDやその他のサプリメントの摂取、バランスの取れた食事の管理、定期的な運動、瞑想、健康な精神状態の維持などがそれにあたります。

これらを習慣化することで、自然免疫が強化され、病原体に対する防御力が向上します。たとえば、強力でバランスの取れた免疫力を持つ人は風邪ウイルスに感染する可能性は低く、感染してもすぐに回復します。

一方、免疫力が弱かったりバランスが崩れていたりすると肺炎になりやすく、緊急医療が必要になる場合もあります。

他にも、より低リスクの薬やワクチンを開発することもできます。

安全性を強化するため、アメリカのバイオセキュリティに関する国家科学諮問委員会 （NSABB）は2023年1月にガイドライン案を発表し、米国における機能獲得研究のより厳格な監査を導入しました。

2024年6月18日に開催されたSARS-CoV-2の起源に関する米国の議会公聴会では、研究室起源説を裏付ける具体的なデータの定義について大きな議論がありました。しかし、いくつかの重要な点についてはある程度の合意に至りました。

• 米国は機能獲得研究に資金を提供すべきではない。
• 米国は国際的なバイオセーフティ基準を遵守していない研究室に財政支援を提供すべきではない。
• 海鮮市場から流出したのであれ、武漢の研究室から流出したのであれ、責任は中国にある。武漢ウイルス研究所で働く人々の完全な透明性と説明責任は不可欠である。

米国に加えて、欧州食品安全機関（EFSA）やカナダ公衆衛生庁など、他の主要国の規制当局も機能獲得研究について懸念を表明しています。

2022年、日本と英国の研究者による共同レビュー論文は、パンデミックの可能性のある病原体に関する研究の必要性を再評価しました。彼らは、「そのような研究のリスクは以前よりも明確だが、ベネフィットはそれほど明らかではないように見える」と結論付けました。

しかし、中国ではそのような危険な研究がまだ進行中です。新たなSARS類似ウイルスの作成、SARS関連ウイルスを使用した種間感染の研究、コウモリからのACE2依存性ウイルスの分離などが実施されています。

中国の研究室で進行中の研究は重大なリスクであり、より危険なウイルスや病原体を生み出し、それらを環境に放出する可能性があります。

これは「樽の理論」にも近い話です。樽に溜まる水の容量は、樽を囲む板のうち一番短い板の長さで決まります。つまり、最も脆弱な部分が容量を決めるということです。

世界の安全性を確保するには、規制の厳しい国で厳格な基準を維持するだけでなく、医療倫理の基準が最も低く規制が最も緩い国の欠陥に対処することが重要です。全体主義政権下でのリスクが非常に高い機能獲得研究は、世界的災害を引き起こす危険性を高めます。