咸豊庚申年間(1860年)、湖州の朱新甫(しゅ・しんぽ)は戦乱を避け、呉江県の莘塔鎮へ身を寄せていました。
ある日、朱氏は茶店で休んでいると、一人の男が老若を連れて五十歳余りの老翁の前で頭を下げ、泣きながら訴え、非常に切迫した様子でした。しかし、老翁はじっと座ったままで、まるで無関心のように反応しません。
朱氏は不思議に思い、何があったのか尋ねると、その男はこう話しました。
「私とこの老翁は共に塩城の者です。昨年、家族を連れて小舟でここに来て塩漬けの魚を売っていました。しかし、盗賊に襲われ、家財一切を失ってしまいました。一家七人、命こそ助かりましたが、今では乞食のような暮らしです。今日、故郷に帰るこの老翁に船に乗せてくれるよう頼みましたが、聞き入れてくれません。この先、異郷で餓死するしかないのかと思うと、悲しくてなりません」
老翁は言いました。「船に乗せるのはいいが、ここから故郷まで千里以上ある。一家七人で道中の食費は七、八千銭にもなる。私はただの小商人だ、どうやって負担できよう?」
朱氏は彼らに同情し、すぐに袋から銀貨六枚を取り出してその人に渡しました。男は深く感謝して、その場を去っていきました。
その時、茶店の誰かが笑って言いました。「あなたは騙されたよ、その七人と老翁は仲間だ」朱氏は本当だとは思えませんでした。
ある夕方、用事で川辺通りかかると、数艘の小舟が停泊し、船の窓辺に酒や料理が並べられていました。ふと見ると、あの男が老人と一緒に座り、飲み食いしながら楽しげに笑い合っているではありませんか。
朱氏は茶店の人の言ったことが本当だと悟り、最初は怒りましたが、怒りを覚えましたが、すぐに笑って言いました。「たとえ作り話にだまされたとしても、私の義挙がなくなるわけではない。どうして私が傷つくというのだ!」
翌年の五月、敵寇が大挙して呉江県にやってきました。多くの人が敵寇に殺され、住民は四散して逃げ、川辺には逃げるための船が見つかりませんでした。
朱氏は妻子を連れて水辺を彷徨いたところ、突然一艘の小舟が見え、漕いでいたのは以前会った塩城の男でした。彼を呼ぶとすぐに舟を漕ぎ寄せ、朱一家を乗せて逃がし、一家は殺戮を免れました。
後日、朱氏は男に多額の謝礼を渡しました。
初めは騙された相手に、後になって一家の命を救われることになるとは――まさに世の無常、誰に予測できたでしょうか。
この物語は、清代末の筆記小説集『右台仙館筆記』に記されています。
著者・兪樾は、自らの見聞を通じて人の世の情理や因果の不思議を描き出し、随筆という形で後世に遺しました。意図せぬ善意が巡り巡って命を救う。その記録は、無常の世における人の在り方を静かに照らし出しています。
(翻訳編集 日比野真吾)
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