生き延びた老人たちが語る「飢えの記憶」
親が我が子を食べた時代 「中国の大飢饉」の実体
1959~61年にかけて中国で起きた大飢饉(だいききん)で、いったい何人が飢え死にしたのかは、いまも明らかではない。多くの歴史研究者は、その数が数千万人にのぼると推定している。
中国共産党(中共)当局はこの出来事を長く「三年間の自然災害」として説明してきたが、実際には、この三年間に大きな自然災害は発生していなかった。
当時の中共党首、毛沢東が進めた無理な政策によって農業は崩壊し、農民には実際には取れもしない量の食糧を国に納めるよう命じられた。その結果、人々は自分や家族が食べる分まで奪われ、村から食べ物が消えた。
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中国の国営テレビで、女性が「移植した腎臓は3歳未満の子供から」と語っていた。
当時は感動美談として放送した。だが今、その一言が「説明されなかった命」をめぐる不安を呼び起こしている
中国の農村で正月の風景が消えつつある。
人は戻らず、店は閑散。
出稼ぎ労働者は仕事がなく、給料も未払い。
「今年は肉すら買えない状況」
二人の世界女王、ミラノ五輪で米国代表アリサ・リュウと中国代表谷愛凌に注目。カリフォルニア育ちの華人二人は、共通ルーツから米中価値観の対立を象徴。中国勧誘を拒否したアリサ父娘と、人権沈黙の谷の選択が世界に問う