生き延びた老人たちが語る「飢えの記憶」
親が我が子を食べた時代 「中国の大飢饉」の実体
1959~61年にかけて中国で起きた大飢饉(だいききん)で、いったい何人が飢え死にしたのかは、いまも明らかではない。多くの歴史研究者は、その数が数千万人にのぼると推定している。
中国共産党(中共)当局はこの出来事を長く「三年間の自然災害」として説明してきたが、実際には、この三年間に大きな自然災害は発生していなかった。
当時の中共党首、毛沢東が進めた無理な政策によって農業は崩壊し、農民には実際には取れもしない量の食糧を国に納めるよう命じられた。その結果、人々は自分や家族が食べる分まで奪われ、村から食べ物が消えた。
関連記事
発がん性が指摘されているにもかかわらず、中国では今も販売されている嗜好品「ビンロウ(檳榔)」。広州で予定されていた文化展は「なぜ宣伝するのか」との批判を受け中止となった
中共が近年、新疆ウイグル自治区などの辺境の砂漠地帯で、核軍事施設のネットワークを急速に建設・拡大している。同地域が長年にわたり大規模な核実験の舞台とされてきた背景には、中共による「民族浄化」政策が存在する
ノルウェーで「国内で最も美しく、最も高価な公衆トイレ」として知られる建築作品が、中国共産党によるスパイ活動への利用が懸念されるとして、当局により閉鎖された。
中国の著名大学に所属する生命科学分野の学者らに、論文不正疑惑が浮上している。中国科学院の元博士課程学生は、研究成果の収奪や論文署名をめぐる学術界の実態を証言した
台湾の政府系研究機関の研究員がAIを用いて習近平の表情を分析したところ、昨年の北京での軍事パレードでは「悲しみ」や「嫌悪」を示す表情が増加していたという