【編集注】この記事の著者・船瀬俊介氏は、日本で知られる医療・健康分野の評論家です。長年にわたり断食を取り入れた食生活を実践し、67歳の現在も体型や健康状態は30代の頃とほとんど変わらないそうです。彼によれば、断食は減量やデトックスだけでなく、記憶力の向上にも役立つといいます。
空腹状態のショウジョウバエは、満腹時の2倍の記憶力
「空腹のときのほうが、記憶力が高まる」——この説は、動物実験によってすでに証明されています。
この実験に使われたのは「ショウジョウバエ」です。意外にも、ショウジョウバエの遺伝子の約7割が人間と共通しており、記憶をつかさどる脳の構造も人間とよく似ていることがわかっています。
東京都医学総合研究所などの研究チームがショウジョウバエを使って行った実験では、空腹状態にあると記憶力が大きく向上することが確認されました。この画期的な研究論文は、2013年1月25日発行のアメリカの科学誌『サイエンス』に掲載されました。
研究所の主任研究員・平野恭敬氏は、人間でも、空腹時に記憶力が高まる可能性があると話しています。
実験では、まず約100匹の空腹状態のショウジョウバエを選び、ある匂いを嗅がせながら電気ショックを与えるという手法で、「嫌な記憶」を覚えさせました。そして翌日、その記憶が残っているかを観察しました。
ハエがその匂いを嫌だと記憶していれば、その匂いのする場所には近づかなくなります。逆に記憶していなければ、匂いのもとに近づこうとします。
こうした行動を観察することで、記憶力の違いを測定しました。その結果、匂いを覚えていたハエの割合は、9〜16時間の「絶食」をしたグループで最も高く、満腹状態のグループの約2倍にも達していたのです。

空腹で記憶力が高まる?特別なタンパク質が関係
空腹の状態が続くと、記憶力が約2倍にまで高まることがあります。しかし、ショウジョウバエの実験では、絶食時間が20時間を超えると、空腹が強くなりすぎて「嫌な記憶」を思い出せなくなることがわかりました。つまり、空腹が行き過ぎると逆に記憶力が低下するということです。
研究チームは、空腹と記憶の関係について次のように説明しています。
空腹になると、血糖値を下げるホルモンであるインスリンの分泌が抑えられます。このインスリンの量が減ることで、記憶に関わる特殊なタンパク質「CRTC」が活性化されるのです。研究チームが実験でこのCRTCの働きを抑えたところ、空腹状態でも記憶力の向上は見られませんでした。
「この結果からチームは『脳内CRTC活性化が記憶力向上につながった』と結論づけました。CRTCは人間の体内にも存在しています。この(記憶力向上の)仕組みを利用して、認知症や物忘れの程度を軽くする薬ができるかもしれないと期待されます」(『東京新聞』2013年1月25日より)
空腹は、脳の「記憶力スイッチ」をオンにする働きがあるのです。そのため、「朝ごはんを抜くと頭が冴える」という話も、実は科学的に裏付けられているのです。
本記事の一部内容は『空腹の奇跡』(商周出版)より引用しています。
(編集 劉炎心、翻訳 華山律)
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