「痛みなくして得るものなし」という言葉は、ジムやスポーツ、フィットネスの世界でよく耳にします。その考え方は単純で、「筋肉が痛ければ、それだけ成長している証拠だ」というものです。しかし、痛みは必ずしも進歩の証ではありません。痛みは、単に体が新しい負荷に適応しているだけのこともあります。あるいは、体が「少しペースを落として」と警告している場合もあるのです。重要なのは、その「痛み」がどのタイプのものかを見極めることです。
「本当の意味で『痛みなくして得るものなし』という状況はほとんどありません」と、理学療法士で HIDEF フィジカルセラピー創設者のザック・スミス氏は『エポック・タイムズ』のインタビューで語っています。「痛みは煙探知機のようなものです。煙があっても必ずしも火事とは限りませんが、火の可能性があるというサインであり、注意を払うべきなのです」
微小な筋断裂だけではない
運動時、体は通常よりも激しく働きます。心拍数が上がり、呼吸が深くなり、筋肉がより多くのエネルギーを使う状況になります。その際、一時的に「焼けるような感覚」や「不快感」を感じることがあります。これは乳酸の蓄積によるもので、運動をやめたりペースを落とせば自然に消えていきます。
そして、運動後1~2日して現れる「筋肉痛」、いわゆる遅発性筋肉痛があります。長い間、この筋肉痛は筋繊維の微小な断裂が原因で、体がそれを修復することで筋力がつくと考えられてきました。
しかし専門家によれば、筋肉痛の原因が常に「微細な断裂」によるとは限りません。
神経筋の専門家であり、インパクト・ユア・フィットネスの創設者であるジェニファー・シュワルツ氏は、エポックタイムズのインタビューで次のように述べています。「筋肉の奥深くには多くの痛覚受容体があるわけではありません。実際に感じているのは、炎症に関係するものです。」
激しい運動の後、免疫システムが作動し、血流を増加させ、修復細胞をその部位に送ります。この免疫反応によって腫れが生じ、それが周囲の組織や神経を圧迫します。これが、典型的な筋肉痛の感覚を生み出すのです。しかし専門家によれば、筋肉痛の原因が常に「微細な断裂」によるとは限りません。
痛みは人それぞれ
研究によると、運動による痛みの感じ方は人によって大きく異なります。新しいトレーニングを始めても、軽い張りだけですむ人もいれば、数日間にわたって強い痛みを感じる人もいます。ノルウェーで行われた長期的な大規模研究では、定期的に運動をしている人の方が、運動習慣のない人より痛みに対して耐性が高いことがわかりました。
「痛みというのは主観的な体験であり、組織の損傷を直接反映しているわけではありません」と、神経筋の専門家であるジェニファー・シュワルツ氏は言います「同じ運動をしても、ある人は軽い痛みしか感じず、別の人は鋭い痛みを感じることがあります。それには、ストレス、睡眠、過去のケガといった影響も関係しています」
「良い痛み」とは
多くの人が感じる運動中の痛みには、3種類があります。1つ目は「良い痛み」で、筋肉痛や運動中の「燃えるような感覚」を指し、成長や進歩と結びついていることが多いです。2つ目は「悪い痛み」で、鋭く突然現れ、ケガや損傷を示している場合があります。その場合はすぐに運動を中止する必要があります。そして3つ目は「中立的な痛み」で、トレーニングの一部として「普通に受け入れられている」痛みです。
研究では、運動後の痛みが必ずしも有害とは限らないことが示されています。たとえば、変形性膝関節症を持つ68人を対象にした研究では、運動中に軽い痛みを感じた人の方が、最終的に痛みの軽減効果を得やすいことが分かっています。これは、軽度の不快感が体の自然な鎮痛反応を引き起こすことがあるためと考えられています。
2024年に行われた日本の52,000人以上の成人を対象とした調査では、定期的な運動がネガティブな感情を減らし、エネルギーを高めることで痛みを軽減することが確認されました。この効果は、痛みの部位(腰・首・膝など)に関係なく、特に高齢者で顕著でした。
「良いペースでトレーニングをしていれば、特に初期段階では多少の筋肉痛を感じるのが普通です」と、理学療法士のスミス氏は話します。「運動中の筋肉痛は確かに進歩の兆候ではありますが、それ自体を目的にするものではありません」
スミス氏はさらに、「筋肉痛がなければ効果がない」と多くの人が思い込んでいる点を指摘しますが、実際には痛みを感じなくても成長や成果を上げることは可能です。特に長くトレーニングを続けている人は、体がその負荷に慣れているため、痛みを感じにくくなっているのです。
通常の筋肉痛と「悪い痛み」の違い
多くの人が新しい運動を始めた翌日に痛みを感じ、「ケガをしたのでは」と心配しますが、「どんな新しい動きでも、こうした反応は普通です」とスミス氏は言います。
たとえば、これまであまり鍛えていなかったハムストリング(太ももの裏の筋肉)を初めて鍛えた場合、筋肉痛を感じるのは自然なことです。同様に、デッドリフト(バーベルを床から持ち上げる運動)などの後に腰が張る場合、それを「ケガ」と勘違いする人も多いですが、実際には筋肉が働き、適応しているだけ、ということもあります。
通常の筋肉痛は、広範囲に感じられ、特定の一点を指すことはできません。通常は運動後48時間前後でピークを迎え、72時間以内にはおさまることが多いです。運動中に痛みが出ることは少なく、翌日または翌々日にやってくることが特徴です。
一方で、ケガのサインとなる痛みは、鋭く、特定の箇所に集中し、突然現れることがあります。腫れやあざ、動かしにくさを伴うこともあります。
「通常の筋肉痛とは明らかに違うと感じた場合──特に痛みが悪化したり長引いたり、動きが制限されるようであれば、無理をせず医療専門家に相談するのが一番です」と、神経筋の専門家シュワルツ氏は助言しています。
不快感を最小限に抑える方法
「痛みが進歩の証」という信念が根強い理由のひとつは、人々が筋肉痛と成果を結びつけて考えるからです。厳しいトレーニングを乗り越えた達成感があるためです。ですが、体を痛めつけなくても同じような成果を得ることは可能です。
18~65歳の健康な成人を対象とした18件の研究を分析したレビューによると、過度に激しく長時間のトレーニングは、ケガや慢性的な炎症のリスクを高めることがわかりました。一方で、適度な運動や十分な休息をとった上での高強度トレーニングは、リスクを増やさずに健康を改善できることが示されています。
専門家は、賢くトレーニングして健康を保つために次の方法を勧めています。
- ゆっくり始めて、徐々にレベルを上げること:いきなり激しい運動をしないでください。安全なスタート地点を見つけ、少しずつ強度を上げましょう。目安として、トレーニング量・強度・重さを週あたり10〜20%以上増やさないことが推奨されます。
- 冷水を試すこと:激しい運動後に短時間のアイスバス(氷風呂)を行うと、筋肉痛の軽減や継続的なトレーニング維持に役立つ可能性があります。
- アイソメトリック運動(静的筋トレ)を取り入れること:プランクや壁スクワットのような姿勢保持トレーニングは、関節に負担をかけず筋肉を鍛えられます。リハビリ中や軽い筋肉痛が残るときにも最適です。
- リンパの流れを促進すること:心臓とは異なり、リンパ系(老廃物を排出する体の仕組み)は自発的には動きにくいです。ドライブラッシング(乾いたブラシで体をさする)、軽めのセルフマッサージ、呼吸法などでリンパの流れを助けることができます。赤外線サウナ(遠赤外線による温熱浴)も、循環と回復をサポートします。
- 痛みがあれば無理をしないこと:進歩とは、痛みを我慢して得るものではなく、安定した前進によって得られるものです。
「『痛み』という概念と『回復』という概念を理解できた今こそ、私たちは考え方をアップデートすべきです」と、専門家シュワルツ氏は言います。
「毎回のトレーニングで苦しむ必要はありません。むしろ、自分の限界を尊重し、回復を重視した方が、長期的にはより大きな成果につながるのです」
(翻訳編集 井田千景)
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