【大紀元日本5月9日】『みっともない「生き方」はするな!-ハマコー、この“破天荒人生”に知恵あり』
これは、元衆議院議員・浜田幸一氏の著書のタイトルで、ご自身の型破りで豪快な人生を振り返った一冊。
ところが「破天荒」とは本来、そういう意味ではなかった。
中国唐の時代、荊州(けいしゅう、現在の湖北省一帯)には官吏が多く集まっていた。毎年、科挙の試験のために「郷試(地方試験)」合格者を都に送り込んだが、未だ合格者を出せないでいた。そのため、荊州は「天荒の地(未開の荒れ地)」と称された。ところが、大中四年、劉蛻(りゅうぜい)という者が初めて合格したことから、人々は口々に「天荒を破った」(天荒から脱した)と言った。(『北夢瑣言』巻四より)
「破天荒」ということばはこの故事から生まれ、「破天荒な大事業」のごとく、前人の成し得なかったことを初めてすることを指すようになった。
ところが、現代日本語ではその意味に変化が生じ、今では冒頭の例のような使い方が広くみられる。
– 岡本(太郎)家の人びとの破天荒な人間模様
– 政治家・田中角栄の異能ぶりと、破天荒で型破りな生涯
事実、文化庁が発表した平成20年度「国語に関する世論調査」でも、「破天荒」を「だれも成し得なかったことをすること」の意味で使う人が16.9%だったのに対し、「豪快で大胆な様子」の意味で使う人が64.2%に上ったとの結果が出た。こうなるともはや、権威ある辞書にはいまだ採用されていないとは言え、冒頭の例を誤った用法だとも言えまい。
(瀬戸)
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