元新華社の記者、在仏ジャーナリスト 中国政府の2つの本質を説く

2012/04/12 更新: 2012/04/12

【大紀元日本4月12日】フランス在住で中国問題の専門家・呉葆璋氏はこのほど、中国の経済成長の裏に隠されている中国政府の2つの歴史の真実を指摘する論説を大紀元に寄稿した。呉氏は、中共政権は善人を迫害し、権力闘争を繰り広げる本質を捨てられないなどと力説する。

呉葆璋氏は中国国営通信社・新華社に27年間勤めた。1989年武力弾圧された学生民主運動「天安門事件」当時、新華社のフランス駐在記者だった同氏は、テレビで学生を虐殺する場面を見て憤慨して辞表を出した。その後、フランス国際ラジオ放送局で定年まで勤務した。

以下は同氏の論説の全文。

中国はこの30数年間、外国からの投資と自国の安い労働力を頼りに、経済の急成長が実現できた。しかし、この急成長した経済の裏に、中国共産党政権の2つの歴史も続いた。これはすなわち、善人が迫害される歴史と最高指導部の権力闘争の歴史だ。いわゆる改革開放の時代においても、多くの善人が引き続き被害を受けている、そのような事案はいつも頭の中に浮かび上がってくる。今回の王立軍・薄煕来事件はまさに、その権力闘争の一面を存分に露呈した。人々にはっきりとみえたのは、現代の民主的政治体制が中国国内でまったく根付いていないということである。中国の政治は依然として18世紀の専制君主制に留まっている。異なる点は、朝廷が中央政治局に変わり、人民と共和を吹聴しながら、実際には残虐な独裁統治を実施している。

毛沢東時代において、毛沢東氏は統帥で、林彪氏は二番手だった。結局、周知の通り、二人が反目し、林彪氏はクーデターと毛沢東氏暗殺を計画したが失敗に終わり、旧ソ連に逃げる途中に飛行機が墜落して死亡した。今回の重慶事件でも、王立軍氏と薄煕来氏は紛れもなく盟友だったが、結局、殺し合いするほどの仲になった。このことは世間を大いに沸かせているが、私は当初、初めてこの情報を知ったとき、林彪氏のあの名言を思い出した。氏は共産党をミンチ製造機に例えていたのだ。私が思うには、この体制が存続する限り、最高指導部の権力闘争は消えるはずがない。

経済の急成長が隠したもう一つの中共の歴史は、善人が迫害を受ける歴史である。この30数年間を振り返ってみると、被害者はたくさんいるのがわかった。六・四天安門事件で「小平様(注・当時の中国の軍のトップ・_deng_小平氏)、よろしくお願いします」と叫び、政治改革と民主を訴えたため殺された学生たち、「真・善・忍」の精神理念を堅持するのに空前の集団弾圧を受けている法輪功学習者たち、バチカンに忠誠心を示し、中共のイデオロギー宣伝の道具にならないカトリック教徒、土地と家が強奪されて中央政府に悪代官の退治を望む大勢の直訴者、弱者の権利を守ろうとしたため監禁された弁護士、記者、芸術家たち、汚職幹部に財産を強奪されて家族がバラバラになり、逃亡を強いられた実業家たちなどなど、中共の独裁政治の被害者は増え続ける一方だ。

王立軍・薄煕来事件後、政権内部からの情報によると、温家宝首相は最高指導部で六・四天安門事件と法輪功弾圧の問題について、政府の過ちの是正を提案した。この30数年間において、私が調べた限り、中共の独裁政治の最大の被害者は法輪功である。彼らの抗争はまた、最も粘り強い。法輪功弾圧はすでに中国の政治の核心的な問題に化している。

法輪功が濡れ衣を着せられてすでに12年間が経った。これまでにいかなるグループも、これほどの残虐的な弾圧、洗脳と拷問、臓器の強制摘出などを受けていない。名前が確認できただけで、3千人以上の学習者が弾圧で亡くなった。このように自分たちの価値観を堅く貫き、粘り強く持続的な平和抗争を続けるグループは、中共の執政の歴史においてなかった。中国の真実のことを国内外に伝えるため、彼らは三つの独立メディアを立ち上げた。中国共産党の様々の知られざる裏を記した大紀元時報のシリーズ社説「九評共産党」は中国人の思想の空白を補った。そのお陰で、大紀元時報サイトで中国共産党とその各関連組織からの離脱を宣言する中国人も増え続けており、中華民族の覚醒がみえてきた。

そして、彼らは弾圧の主謀者たちを外国の司法機関に告訴したり、国際社会に弾圧の真相を訴え続けている。それほど困難と苦痛が満ちる状況下で、(中共政権に滅された)中華伝統文化を復興するため、彼らは神韻藝術団を立ち上げて、世界各国で中国伝統芸能の舞台を繰り広げている。そして、中共政権に弾圧されながら、いまでは、香港、台湾、韓国、インド、北米と欧州、その他の世界各地で法輪功を学習する人々が増え続けている。このようなグループもこれまでに中国にはなかった。

歴史の車輪がどんどん早く前に進めている。しかしながら、中国で民主と自由が実現されるのは、まだまだ時間がかかると私は認識している。もっと楽観的になろうと私は繰り返し自分に次の問題を聞いた、「中共政権は一大決心を下し、改革開廟xun_ネ来引起こした数々の冤罪の事案を是正するのは可能なのか」。これは私が中共に対して抱いている唯一の微かな期待である。中共はその歴史において、様々な政治的粛清運動を引起こしてきた。その一部について、反省を行った。改革開放からすでに40年近く経ったいま、中共政権は崩壊を避けるため、もう一度反省するかもしれない。私はそれ以上のことを高望みしない。もし、それが実現するならば、もちろんありがたいことだ。しかし、人々は必然的にこのように考えるであろう、「反省を繰り返すのはその場しのぎの対策に過ぎないのではないか。政治体制の根本から問題を解決しなければ、将来、善人が圧制される歴史は必ず繰り返されるであろう」

ジャーナリストとして、激しい変化を遂げているある社会を観察するとき、目線を上層部だけに集中してはならない。上層部の激変が社会各界で引起こした反応と動向をも注目すべき。中国最高指導部での権力闘争について、結果はどうであろうと、中共の独裁政治の体質を変えるのは困難だろう。しかし、中国社会の土壌はいま本質的な変化を遂げている。このような状況下において、中国の民主・自由の未来が育成されていると思う。

 (翻訳・叶子)
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