ジャーナリズム学科のある中国の大学は近年、外国人教師を積極的に受け入れている。なかには元記者や現職ジャーナリストである人物も少なくない。そのため、彼らが中国で教壇に立つとき、中国当局の意向に従うか、「ジャーナリズムの原則」を尊重するかの選択を迫られる。
米政府系放送局ボイス・オブ・アメリカが報じたところによると、彼らは渡中前にいずれも、中国には触れてはならない政治的テーマがあると聞かされているため、中国の政治については一切口をつぐむという教師もいる。だが、教え子らに一流の報道人になってほしいとの願いから、あえてその道に踏み込む教師も存在する。中国では、真のジャーナリズム精神にのっとり報道人として生きてゆくことがどんなに難しいかを理解していても、そうせずにはいられないのだ。
「市民の意見の代弁者は誰?」
米国人のアリエル・エメット氏は、生粋のジャーナリストだ。米メリーランド大学でジャーナリズムを専攻し、博士号を取得した彼女は、台湾への留学経験もあった。70年代には米ニューズウィークの記者を務め、米国内の複数の大学で教鞭を取っていた。2011年、彼女が中国農業大学国際学院でマスメディア論を担当するために中国へ赴任する際、出発前の空港で姉から言われた言葉は今でもよく覚えているという。「投獄されるような真似だけはしないでね」。
ある日、エメット氏は10人ほどの学生たちに対し、日が暮れてから教室に集まるように告げた。人気のない構内で彼女が学生たちに見せたのは、当局の検閲によって閲覧禁止になった中国の人権問題に関する映像だった。「この時私は、学生たちに口止めはしませんでしたが、言わなくても彼らには分かっていたはずです」。
映像中に、自宅軟禁を強いられている盲目の人権活動家陳光誠氏は、自身やその家族に対し長期に渡り監視と迫害を続けている中国共産党を、公然と非難していた。
「学生たちは非常に驚き、心を痛めていました」と同氏は語った。大学では、エメット氏以外の外国人教諭らはいずれも政治的に中立な立場を取っており、あえて火中の栗を拾うような真似をする者はいなかったという。だがエメット氏は、一ジャーナリストとして、こうした問題を見て見ぬふりをして通り過ぎることなどできなかった。
「私は政治的なことへの関心が高い家庭で育ちました。母はディレクターでしたが、私も母も、善悪の区別を付けず、あいまいにしておくことができない性格なのです」。
通報される外国人教師 監視役が教室に?
あるとき、エメット氏は18世紀の英国人哲学者、エドマンド・バークの「第4の権力」について講義していた。バークは、マスメディアは行政権、立法権、司法権のいずれからも独立した、4つ目のバランス調節機関であるべきで、こうした機能を実現するためには、マスメディアが独立性を保ち、政府からの情報統制を受けないことが必要だと説いていた。
エメット氏は、中国人学生に、民主主義国家では、少なくとも米国では、マスメディアはいかなる権力からも独立していなければならないと認識されていることを理解してもらうため、学生たちに対し『もしマスコミが市民の意見を代弁せず、市民の活動を支持しないというのなら、一体誰がその意見を代弁するというのですか?』という質問を投げかけた。
この発言は、一部の中国人学生の間に波紋を広げた。そしてある学生が、大学側へ報告した。その結果、学校側は彼女の講義に査察を入れることを決定した。
エメット氏は、「1度や2度なら気にしませんが、その状態がずっと続くなら、講義を続けていくことはできません」と回答した。
結局、エメット氏の講義に学校から調査が入ったのかどうかは不明。教室では数回ほど、見慣れない顔の人物を見かけたこともあるが、本人に誰なのかを問わなかった。
エメット氏の講義の受講生には、共産党員もいた。最も優秀な教え子数人は、党の方針にそぐわない言動を見聞きした場合、報告する義務が課せられていた。
彼らに入党の理由を尋ねたところ、『中国で何かしようと思うなら、共産党員にならなければ』という答えが返ってきた。「彼らの立場は十分理解できます」と語るエメット氏の表情は沈んだ。1年間の契約期間が経つと、大学を離れた。
(つづく)
(翻訳編集・島津彰浩)