左翼の天敵は「自然」である

2020/02/10 更新: 2020/02/10

今、中国では新型コロナウイルスが猛威を振るっている。過去約30年の間、中国は経済的にも軍事的にも順調に成長を続けてきた。しかし、今回の疫病による混乱は、中国にとって大きな転換点になる可能性が高い。

改革開放路線を始めて以降、中国は東西冷戦終結と経済のグローバル化を追い風にして、人、モノ、金、情報の自由な移動が可能となった国際社会の新たな枠組みを最大限に利用してきた。冷戦時代には東西の間に壁があったため、東側諸国は自由主義国の発展を自国内に取り入れることができなかった。その結果、共産主義国は冷戦に敗れた。

今、中国は自由主義国から何でも自由に取り入れる一方、自国から出ていくものは独裁体制によって完全に管理することができる。外国の技術は盗み放題だが、自国の情報は徹底的に管理できる。この非対称な競争では、独裁国が自由主義国に勝利するのが自然の成り行きである。その非対称なゲームのルールを変えようとしたのがトランプ政権の対中政策である。しかし、米国は民主主義国である。バイデンのような親中派が大統領になれば、非対称なゲームに逆戻りする可能性もある。

民主主義国では選挙でリーダーが変わる。選挙にはお金が必要である。その弱点を突いて、中国が民主主義国の政治家にお金をばら撒いてその影響力を行使していることは公然の事実である。たとえば、クリントン財団が中国政府と緊密な中国系企業から多額の寄付金受けていたことは有名である。日本でも昨年末、秋元司議員が中国企業から賄賂を受けたとして逮捕されたが、この種の話で表になっていないものが他に多数あっても全く不思議はない。こうした汚いお金の使い方が自由にできるのも、独裁国家の強みである。

このように、自由な交流が可能なグローバル社会では、金持ちの独裁国家は異常に強い威力を発揮する。この状態が続けば、数十年後、中国共産党が国際社会を支配する暗黒の世界が訪れる可能性もゼロとは言い切れなかっただろう。しかし、新型コロナウイルスの流行により、中国共産党の夢が実現する可能性は非常に低くなった。

私は普段、米国のメディアや政治系ユーチューバーをウォッチしているが、新型コロナウイルスの封じ込めに失敗した今回の中国政府の対応に、多くの米国人は極めて批判的である。自国民に感染が及んでいることもあり、中国への嫌悪感を露わにする人は多い。また、トランプ政権になって以降、中国を経済的・軍事的脅威と見る知識人は増えており、彼らの中にはこれを好機と捉える人も少なくない。実際、ウィルバー・ロス商務長官は、中国で工場を稼働していた米国企業が新型コロナウイルス感染を恐れて中国から撤退すれば、米国に雇用を戻すのを助けてくれるだろうと期待を寄せる発言をしている。

左翼思想の肝は、世の中を自分の計画通りに動かすことである。だから、左翼計画主義者にとって最大の敵は「自然」である。人間の行動はお金を使ってコントロールできるが、自然はお金では制御できない。ウイルスは賄賂で言うことを聞いてはくれないのである。人間が自然を完全に支配できるという幻想が崩れたとき、左翼計画主義は機能不全に陥る。

左翼はしばしば、自然すらも自分の意図通りに動かせるのではないかという錯覚にとりつかれる。それを象徴するのが気候変動に対する左翼の態度である。人間の活動により排出される温暖化ガスがどの程度気候変動に影響しているかは、諸説あり私にも判断はつかない。ただ、人間が温暖化ガスを大量に排出する前から、地球が温暖化と寒冷化を繰り返してきたことは歴史的に動かぬ事実である。人間が温暖化ガスの排出を止めれば気候は長らく安定するという考えは、人間の思い上がりでしかない。これまで、人類は大きな気候の変化に何とか適応して命を繋いできたのである。そして、それは人間が排出する温暖化ガスとは関係なく、今後も繰り返されていく。

「左翼」という言葉を明示的には使っていないが、上で述べた種の人間の思い上がりを痛烈に批判した本が、2003年に出版され400万部を超えるベストセラーになった養老孟司著「バカの壁」(新潮新書)である。私が上述した左翼計画主義者の考え方を、養老氏は「ああすればこうなる」型の思考と呼んでいる。都市は人間の脳によって創られた世界で、あらゆるものが人間の計画通り進むようにできている。一方、自然は人間が創ったものではないから、人間の思い通りには動いてくれない。ところが、都市化された世界で暮らす我々は、自分たちの予期通りに動かない自然の存在を忘れがちである。そもそも、人体は自然であり、病気も自然である。だから、人々が全く想像をしなかったような病気が突如猛威を振るうこともある。

実は、先進国の左傾化は、都市化の進行と大いに関係しているのではないかと私は考えている。あらゆることが計画通りに進む環境にいれば、左翼計画主義の考え方に陥っても不思議ではない。実際、日本でも欧米でも、都市部では左翼政党が選挙に強く、田舎では保守政党が強い。毎日予想のつかない自然を相手に暮らしていれば、左翼の語る計画主義にシンパシーを感じられないのは当然である。

養老氏は、過剰な都市化が人間に及ぼす悪影響を解毒するために、昔の参勤交代のように、一定期間田舎で暮らすようにしてみてはどうかと提案している。その実現はなかなか難しいかもしれないが、世の中には予想がつかないこと、人間には制御できないことがあると肌身で経験する機会は必要だろう。それを多くの現代人が手軽に経験できる仕掛けは何かないだろうかと考える今日この頃である。


執筆者:掛谷英紀

筑波大学システム情報系准教授。1993年東京大学理学部生物化学科卒業。1998年東京大学大学院工学系研究科先端学際工学専攻博士課程修了。博士(工学)。通信総合研究所(現・情報通信研究機構)研究員を経て、現職。専門はメディア工学。特定非営利活動法人言論責任保証協会代表理事。著書に『学問とは何か』(大学教育出版)、『学者のウソ』(ソフトバンク新書)、『「先見力」の授業』(かんき出版)など。

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