中国河北省の避暑地、北戴河で中国共産党の最高指導部のメンバーや長老らが参加する非公式な会議「北戴河会議」が8月上旬に始まったとみられる。8月17日の時点では、同会議が終了していないとの報道が出ている。中国官製メディアの報道によると、今年の北戴河会議では、「軍権」の掌握をめぐって対立があったことが浮き彫りになった。
北戴河会議
ロイター通信は8月14日、15日に予定されていた米中通商交渉の「第1段階の合意」に関する閣僚級会合は延期されたと報道した。米政府は同会合を通して、中国側が第1段階の通商合意を履行しているかを検証する予定だった。情報筋の話として、会合が延期された原因は中国当局の北戴河会議が続いており、中国側の日程が合わなくなったことにあると伝えた。
一方、中国官製メディアは8月1日以降、ほぼ毎日、習近平国家主席だけの動静を報道している。習氏を除く最高指導部である党中央政治局常務委員会の他のメンバーについての報道は少ない。北戴河会議が開催中であることを暗に示唆している。
党内序列3位の栗戦書・全国人民代表大会(全人代)常務委員長は8月8日、10日と11日に全人代の常務委員会会議に出席し、香港の立法会選挙を1年延期すると決定した。
序列2位の李克強首相は、8月1日、ネパール首相に対して、中国・ネパールの国交樹立65周年に祝電を送った。8日、李首相は、スリランカの首相に就任したマヒンダ・ラージャパクサ氏にも祝電を送った。14日、首相は、知的財産権侵害を取り締まる法律に署名した。中国官製メディアの李首相に関する報道は、文字だけにとどまり、映像はなかった。
また、慣例として、李首相は毎週、国務院の常務会議を召集しなければならない。しかし、8月5日と12日に国務院の常務会議の開催に関する報道はなかった。首相は7月22日と29日の常務会議には出席した。
他の党中央政治局常務委員の動静に関する報道は7月31日にとどまっている。この日、政治局常務委員7人が集まり、「政治学習」に参加した。
毎年恒例の北戴河会議は2週間にわたり行われる。中共ウイルス(新型コロナウイルス)の感染拡大や米中対立、香港問題など、中国共産党が抱える内憂外患は一段と厳しさを増している。このため、今年の北戴河会議の会期が長引いたとみられる。
「終身最高権力者」を狙う習近平氏
中国共産党中央委員会総書記兼国家主席の習近平氏がこの半月、公の場に姿を見せていないにもかかわらず、国営新華社通信と国営中央テレビ放送は毎日、トップニュースとして習氏の動きを報じている。
この間、最も注目されるべき報道が2つある。
1つ目は、8月6日、習近平氏が2021年から始まる「十四五」(第14次5カ年計画、2025年まで)の策定について指示を行ったことだ。北戴河会議の期間中に、習氏がこの指示をしたことは、指導部や長老らに対して、今後も最高権力者の座に居座り、長期政権を続けると再び宣告したことに等しい。
中国共産党は、1990年代以降、国家主席としての任期を2期10年に制限した。本来なら、習近平氏は2023年に国家主席の座から退くことになる。しかし、2018年2月、中国共産党中央委員会は、国家主席の任期について「2期10年まで」とする規制を撤廃する憲法改正案を提出した。全人代は同年3月に改正案を採択した。その一方で、党総書記と軍トップの中央軍事委員会主席には、明白な任期の制限がないため、習近平氏は2023年以降も、国家主席・党総書記・軍事委員会主席として、中国の最高指導者として君臨する可能性が大きくなった。
2つ目は、8月15日、習氏が中国共産党の理論誌「求是」に寄稿したことだ。タイトルは「現代中国のマルクス主義政治経済学の新たなフロンティアを開拓し続けていく」。同記事は、習氏が2015年11月23日、党中央政治局の会議で行った演説内容である。
中には、「公有制経済の強化と発展を絶対に揺るがさない」「公有制の主体的な地位と国有経済の主導的な役割を揺るがしてはならない」などの文言があった。
実際、この記事が唱えるマルクス主義政治経済学理論は、現在の中国経済には全く役に立たない。社会主義と資本主義の勝負はもう目に見えている。現状では、中国共産党は、社会主義を実現できるという自信を持っていないうえ、マルクス主義を信じる党員や幹部らは1人もいない。香港における2制度の対決さえ、中国当局は頭を抱えている。このため、共産党が持つ資本主義に取って代わるという幻想は、すでに滅びたと言える。
米政府が中国共産党の崩壊を目指し、対抗措置を強める中、習氏が5年前の話を持ち出したのは、同氏が共産党組織を解体するどころか、マルクス主義の看板を掲げ続けながら、共産党政権を守り抜くという決心を伝えたかったとみている。共産党政権を存続させるには、公有制と国有経済を堅持するしか道がない。現在の国策、国進民退(国有企業を優遇し民間企業を排除する)が、これを証明している。習近平氏は、党員や高官の欧米側への亡命を防ぎ、党員らを抱き込み一致団結させようとする目的で、同記事を投稿したと分析する。また、習氏は、この記事を今回の北戴河会議の総まとめにしたい狙いもありそうだ。
軍権掌握
国営新華社通信電子版は8月14日、中国共産党機関紙・人民日報の評論記事を転載した。記事は「なぜ人民軍隊に対する党の絶対的な指導制度を揺るがしてはならないのか(中国語は、党対人民軍隊的絶対領導制度為何動揺不得?)」とのタイトルがつけられ、中国共産党による軍の支配権について持論を展開した。
同記事は終始、中国の軍は共産党の軍であると主張した。
「国家は、階級の矛盾による調和不可能の産物である。軍隊は階級統治の暴力的ツールだ。(中略)国家政権を奪取し、政権を強化していくにはまず、軍を掌握しなければならない」
「政権を奪取するため、必ず強い武装力量(軍)を持たなければならない。(政権奪取で)勝利した後、武装力量を借りて…自らの統治を維持していくべきだ」
「この軍隊は最初から最後まで、党の指示に従う。いかなる人がいかなる方法で、軍を党から離脱させようとしても、失敗に終わるだろう」
「(文化大革命の)四人組は常に軍権の掌握を狙っていた。しかし、軍は彼らの指令に従わなかった。四人組が失脚した際、軍権の掌握ができなかったと嘆いた」
中国国民にとって、人民解放軍が共産党の支配下にあることは言うに及ばないことである。北戴河会議の開催中に、官製メディアが軍権掌握に関する記事を発表したのは意味深長で、党内で軍権をめぐる激しい論争、または争奪戦が勃発した可能性があると推測する。中国共産党の歴代最高指導者が自らの権力基盤を強固にするには、軍権の掌握を必須条件としてきたからだ。
記事の中では、「(軍に対する)最高領導権と指揮権は、党中央にある。(中略)軍事委員会主席の責任制度を貫徹し、(軍の)すべての行動について、党中央、中央軍事員会および習近平主席の指揮に従うことを確実に守っていく」との内容がある。
この内容から、北戴河会議において、一部の人物が中央軍事委員会主席を務める習近平氏に異議を唱えたとみる。または、軍への指導権を分権化すべきだという意見もあったと見て取れる。
しかし、習近平氏らはこれらの意見をすべて却下したようだ。「絶対的な領導制度というのは、『絶対的な』要求に達するということだ。(中略)これは手抜きしてはいけないうえ、議論の余地もないということだ。いわゆる『絶対』とは、…唯一性、徹底的にかつ無条件に行うことを意味する。全軍の絶対的な忠誠心、絶対的な純粋さ、絶対に信頼できることを守っていく」
この記事は一部の内容にも関わらず、文脈から軍権をめぐって、会議中に習派閥とその反対勢力の間に生じた張りつめた気配が強く感じとれる。
さらに、記事が示唆した他の内情も多くある。
例えば、「敵対勢力は、『軍の非党化、非政治化』と『軍隊の国家化』を大々的に宣伝しており、(中略)軍隊を党から分離させようとしている」
「いわゆる『政治的遺伝子組み換え』を行い、軍の『色』を変えようとする狙いがある。その下心ははっきりしている」
「『軍の非党化』という主張を持つ人は、西側国家の軍と政党の関係性の表面しか見ていない。政権を担う政党が変わる時、軍の指導権は資産階級の『左手』から『右手』に変わったに過ぎない」
「いわゆる『軍の非政治化』は、軍が政治問題に介入しないことを指すが、これも実際には、資産階級の嘘のスローガンである」などがある。
これらの情報から、北戴河会議の一部の出席者が、人民解放軍を党の軍隊ではなく、国の軍隊にすべきだという異例の声があったことが読み取れる。しかしながら、党の指導者に軍への支配を放棄させることは、権力を放棄させることを意味する。党の最高指導者はこのような声を絶対に容認できない。習陣営は、この記事を通じて強く反論したであろう。
党内の激しい対立を露呈したこの記事は、まもなく新華社通信電子版から取り下げられた。
(文・楊威、翻訳編集・張哲)