中国の王岐山国家副主席は「抗日戦争勝利記念日」の3日、北京で行われた「戦勝75周年」の式典に出席した。3カ月間、公の場に姿を見せなかった王氏は、友人で実業家の任志強氏が習近平氏を批判したあと、「王氏の習氏への影響力がなくなった」との見方が出ている。
9月3日午前、中国共産党最高指導部の7人全員と王岐山国家副主席らが「戦勝75周年」の式典に出席した。王氏の出席に、外界の注目が集まった。王氏が最後に公の場に現れたのは、5月末の全国人民代表大会(国会に相当)の時だったという。
香港紙アップルデイリーによると、習近平政権の発足直後から、王氏はかつて腐敗幹部一掃の運動を仕切り、習氏の権力基盤を強固なものにした。しかし、事実上のナンバー2だった王氏は習氏との関係性に変化があったとの見方が出ている。
大手不動産開発会社トップを務める任志強氏は中共ウイルス(新型コロナウイルス)の感染拡大について指導部の初動の遅れが原因だと批判した。さらに「化けの皮がはがれても皇帝の座にしがみつく道化師」とその矛先が習氏にも向けられた。同氏は3月中旬から行方が分からなくなり、のちに長男と秘書も同時逮捕されていたことがわかった。
任氏の父は王岐山氏の義父で党の長老である姚依林氏に仕えていたことから、2人は親しい関係にある。任氏の踏み込んだ批判が習氏の逆鱗に触れ、指導部はいかなる人も任氏の件に介入してはならないとの指示を出したという。王氏は習氏との関係に変化があり、習氏に進言する立場ではなくなったとの見方があった。
(大紀元日本ウェブ編集部)