中国政府は中国共産党と中央軍事委員会の指揮下にある中国海警局に、外国船舶に対する武器使用を認める権限を付与した。領有権紛争が発生している南シナ海については、主権を主張する諸外国が中国の攻撃的行為に対する非難を強めていることもあり、同海域における緊張がますます高まると専門家等は主張している。
複数の報道によると、この物議を醸す「海警法」は2021年1月下旬に成立した(2月1日に施行)。同法には、外国船舶が中国管轄海域で中国の法律に違反する行為を行った場合、中国海警局が「武器使用を含め必要なあらゆる措置を講じることができる」と定められている。中国は自国が地図上に引いた「九段線」に基づき南シナ海の大部分の領有権を主張しているが、2016年にはハーグに所在する常設仲裁裁判所が中国の主張は無効との裁定を言い渡している。
しかし、中国はこの判定を無視し、複数の中国籍船が他国の排他的経済水域(EEZ)への侵入を繰り返している。中国海警局の船舶が同行してくる場合もある。南シナ海の一部の領有権を主張するブルネイ、マレーシア、フィリピン、台湾、ベトナムは、体当たり攻撃や沈没、乗組員の拘束、天然資源探査の妨害に至るまで中国共産党が行う攻撃的な行動に批判の声を挙げている。
新たに制定された海警法に対して速やかに外交抗議を行ったフィリピンのテオドロ・ロクシン・ジュニア(Teodoro Locsin Jr.)外相は、1月27日に「各国には法律を制定する権利があるが、法律の影響が他国水域、さらには公海の南シナ海に及ぶことを考えれば、これに異議を唱えずにこのままにすると同法への服従に反対する諸国にとってこれは文字通り戦争の脅威となる」とツイートしている。
同法が制定されたことで、特に非合法な領土主張を推進するためにますます軍国主義的になる中国海警局の姿勢が浮き彫りとなった。米国を含め、インド太平洋地域に位置する民主主義諸国の沿岸警備隊は、海上安全の確保、船員の苦痛緩和の支援、海賊行為や麻薬密売などの海上犯罪対策を中核的な使命と捉え、多くの場合は国際的な任務部隊と協力しながら共同で使命遂行に取り組んでいるが、中国のこの動きはこれとは全くの対照を成す。
フィリピン大学の海事・海洋法研究所(IMLOS/Institute for Maritime Affairs and Law of the Sea)の所長を務めるフィリピン大学ディリマン校法学部のジェイ・バトンバカル(Jay Batongbacal)准教授によると、通常、沿岸警備隊は特定状況下において武力行使を含む法執行権限を有しているが、中国海警局は他国領域への侵入を繰り返しているため、この新法は問題となる。
1月28日、バトンバカル准教授はベトナムの新聞「VNエクスプレス・インターナショナル(VnExpress International)」紙に対して、「中国海警局による武力行使は単なる法執行措置ではなく、中国という国家による実際の武力行使である。中国が自国領土と主張する他国領域でこれを行えば、それは侵略行為または国際連合憲章に反する武力行為と見なすことができる。これはもうほとんど戦争である」と語っている。
戦略国際問題研究所(CSIS)のチャイナ・パワー・プロジェクトの報告では、過去10年間に南シナ海で発生した主要事件の80%近くに少なくとも1隻の中国海上保安機関の船舶が関与している。ワシントンDCに本拠を置く同シンクタンクは、中国共産党が「権力の誇示と主権主張に中国海警局や他の海上保安機関を積極的に利用してきた」と報告している。
同報告書によると、東シナ海の尖閣諸島近辺でも中国海警局船舶や中国漁船による侵入回数が増加している。中国は日本が実効支配する尖閣諸島(中国語の名称:釣魚群島)の領有権を主張している。1月23日にジャパンタイムズ紙が報じたところでは、日本政府が海警法が成立する数日前に、中国船舶の尖閣領海侵入について外交ルートを通じて中国側へ抗議を申し立てたと発表した。
東南アジア専門家であるオーストラリア・ニューサウスウェールズ大学(UNSW)のカール・セイヤー(Carl Thayer)教授はラジオ・フリー・アジア(RFA)に対して、同新法により国際規定の違反や国家主権の侵害が増加するとし、「中国は 『自国法律では許容される』として自国の守りを固めることができる」と語っている。
チャイナ・パワー・プロジェクトによると、2013年に存在していた5つの海上保安機関(五龍)が整理統合されて「中国海警局」が設立され、その5年後に中国人民武装警察部隊(武警)に移管された。1月25日、中国国営放送局「中国中央電視台(CCTV)」が所有・運営するCGTN(中国グローバルテレビジョンネットワーク)によれば、中国外務省報道官は同新法について、中国海警局の権限を明確にして法執行機関の協力を確立するための法律と説明している。
中国共産党が支配する全国人民代表大会(全人代)は、2021年1月1日に改正国防法が施行されてから3週間後に同海警法を可決している。改正国防法には、「発展利益」が脅かされた場合に中国共産党中央軍事委員会が軍民を総動員できる権限が盛り込まれた。アナリスト等の見解では、この「発展利益」は南シナ海を指している。
AP通信が報じたところでは、今回制定された海警法により、中国が領有権を主張する岩礁や諸島に他国が建物や海上施設を建設するのを防止するために、中国海警局は外国船舶に対して携帯武器および船上や航空機の兵器を使用できるようになった。また、すでに設置されている建造物の破壊や紛争海域に存在する外国船舶への乗船検査も許可される。
中国共産党は自国が南シナ海の岩礁を埋め立てて建設した人工島を執拗に軍事化しているため、米国やインド太平洋地域の提携諸国はこの重要な水路の平和と安定を確保することを目的として、「航行の自由」作戦や軍事演習を展開している。