「時には、交渉の場から立ち去ることが必要だ」
トランプ米大統領は、ベトナム首都のハノイで行われた北朝鮮の金正恩・朝鮮労働党委員長との首脳会談で、「完全な非核化」をめぐる協議で合意に至らず、何の合意文書も交わさなかった。
同日に行われた記者会見で、トランプ大統領は、北朝鮮側が示した非核化措置が米側の要求と一致せず、米側に制裁の全面解除を求めたため、合意を見送ったことを明らかにした。大統領は首脳会談前、米朝双方は合意文書の署名を予定していたことも明らかにした。大統領は、「(事を)急ぐよりも、正しくやりたい」と強調した。
妥協しなかったトランプ大統領
トランプ大統領は2回目の会談の前から、金委員長との個人的な関係が良好であることを繰り返し強調し、非核化をめぐる米朝協議について積極的な姿勢を示してきた。この間、国内外で、トランプ政権の他の政策には圧力が強まっていった。
欧州の一部の国の政府は、中国通信機器大手の華為技術(ファーウェイ)に対する米の強硬姿勢に異議を唱え始めた。米国内では、野党・民主党が多数を占める米下院で、トランプ大統領の主要政策であるメキシコ国境の壁建設が強く阻まれている。
トランプ大統領の元顧問弁護士マイケル・コーエン氏は2月26~28日まで連日、米上院と下院で、いわゆるロシア疑惑をめぐる公聴会に出席し、大統領を批判した。公聴会は米朝首脳会談と並行して行われた。
このため一部の米メディアは、来年大統領選のためにもトランプ大統領が外交成果を急ぎ、北朝鮮側との間で妥協点を模索するとの見方が出ていた。しかし、トランプ大統領は妥協せず、「北朝鮮における完全かつ検証可能で不可逆的な非核化(CVID)の実現」という方針を変えていないことを明白にした。
ブルームバーグ2月26日の報道によると、トランプ大統領は2月24日の州知事らとの会合で、北朝鮮に対する制裁を解除するつもりはなく、合意を急いでいないと発言している。サンダース報道官はFOXニュースに対して、米メディアが米朝首脳会談に向け「高い期待」をつくり上げたと不満を述べ、抑制しようとしていた。
誤算の北朝鮮
いっぽう、制裁解除など何ら合意を得られなかったことは、北朝鮮の金委員長にとって、誤算だったかもしれない。金委員長は首脳会談の前、数回トランプ大統領宛てに親書を送り、大統領との個人的関係を構築しようとしていた。
金委員長はトランプ大統領が成果を急ぐのではないかと判断したのか、強気にも、経済制裁の全面解除を要求し、核施設の一部廃止を提案した。しかしこれは、米側の要求するCVIDというレッドラインを踏み越えており、同時に金委員長が核兵器を放棄する意欲がないことを浮き彫りにした。
ポンペオ米国務長官は1日、訪問先のフィリピンのマニラで記者会見を開き、北朝鮮が寧辺の核施設の解体に向けた提案内容を明確にしなかったと述べた。
金委員長は平壌から特別列車で中国を通過し、66時間をかけてベトナムのハノイにたどり着いた。長旅にもかかわらず、徒労に終わった。トランプ大統領は会談後ハノイでの記者会見で、引き続き完全な非核化を目指し、今後も北朝鮮との協議を継続していく意向を示した。
中国当局への警告か
「事実上の決裂」という米朝首脳会談の結果に対して、最も驚いたのは中国当局かもしれない。米中通商協議では、中国当局が直面する状況は、北朝鮮と似ている。
これまでの米中通商協議で、中国当局は米中貿易不均衡を解消するために、米農産物やエネルギーなどの購入を拡大すると米政府に約束した。この見返りとして、トランプ政権が要求する中国の構造改革で譲歩を引き出そうとしている。
トランプ大統領はツイッターなどを通じて、米中通商協議で「大きな進展があった」、合意の可能性は「非常に高い」と述べ、前向きな姿勢を示した。
ラリー・クドロー米国家経済会議(NEC)委員長は28日、CNBCの取材に対して「これまでの進展はすばらしい」、米中は「素晴らしい歴史的な合意に向かっている」と述べた。
しかし、何らかの合意に至ると思われた今回の米朝首脳会談と同様に、トランプ大統領も米中通商協議の終盤で、意表を突いて交渉の場を「立ち去る」のではないかと、中国側は思うかもしれない。
米朝首脳会談後の記者会見で、トランプ大統領は「いつでも立ち去る用意ができている」「取引から歩み去ることを躊躇したことはない。うまくいかなければ、中国とも同様のことをする」と明言した。
また、中国当局にとって、対中強硬派であるロバート・ライトハイザー米通商代表部(USTR)代表の発言も、軽視できない。
ライトハイザー代表は27日、米下院の公聴会で、米中通商交渉が一定の進展を得たにもかかわらず「合意に至るまで、まだ多くの作業が必要だ」「長期にわたるチャレンジになる」と述べている。また、ライトハイザー代表は、米中貿易不均衡の問題は深刻で、中国による米国製品の大量購入では問題を解決できないとし、完全に解決するには中国側の構造改革が不可欠だと強調した。
ライトハイザー氏は、米中双方が合意に至った場合には、中国側の合意内容の履行を監視する枠組みについて、「両政府の事務方が毎月、閣僚級が年2回の会合を開く」など、具体的な計画に言及した。
中国当局は、米国製品の大量購入を見返りに、米国が主張する強制技術移転、国営企業への補助金支給、知的財産権侵害などの構造問題で譲歩するという狙いはほぼ実現不可能であろう。
北朝鮮「第2のベトナム」狙う米国
中国当局にとっては、トランプ大統領が複数回、北朝鮮の経済発展を支持する発言も気がかりなはずだ。
米中貿易戦以降、すでに多くの外資企業が、生産拠点を中国国内からベトナム、タイ、カンボジアなどアジアの周辺国に移転した。米国の協力の下で、北朝鮮が「次のベトナム」となれば、より低い生産コストや人件費を求めて、中国から撤退する外資企業がますます増える。現在冷え込んでいる中国経済にとって、新たな打撃になる。
2月28日物別れとなった米朝首脳会談後、トランプ米政権に対抗して、中朝の両指導部が連携を一段と強化する可能性がある。しかし、現在の状況下、明らかに中国側は米国に「北朝鮮カード」を切り出すことができない。
トランプ政権が、中国に対して関税措置を再発動し、または中国との通商協議の日程を先延ばしにすれば、中国経済情勢が一段と悪化し、共産党内各派の闘争も激しくなる一方だ。同時に、核放棄をしない北朝鮮にも見せしめになる。
中国系米国人学者、ゴードン・チャン氏は米FOXニュースのインタビューで、米朝首脳会談で「立ち去る」ことにしたトランプ大統領は中国当局に対して、合意の有無について心配していないだろうと述べ、同時に習近平国家主席に圧力をかけたと分析する。
チャン氏は、中国当局は米中通商協議において、中国側に「勝ち目はない」ことを知らされたと指摘した。中国には2つの選択肢しかない。1つ目は、国際社会のルールを無視した利己的な貿易慣行を改め、構造改革を進めること。2つ目は、国内景気後退の深刻化を見届けることだ。
(文・唐浩、翻訳編集・張哲)