最近、土壌検査でアルミニウムやカドミウムの数値が上昇しているという農家の声を、ますます耳にするようになった。彼らは、かつて経験したことのないような作物の生育不良に直面している。中には、その原因を頭上の空で散布されている(と彼らが信じている)ものと結びつけて考える者もいる。
その理由は理解できる。
空の様子は、私が子供だった頃とは違って見える。かつて飛行機雲はすぐに消えるものだったが、今は消えずに残り、広がり、頭上に停滞する霞へと変わる。それが航空交通量の増加によるものか、大気の状態の変化か、あるいは全く別の何かによるものかは、確かなことは言えない。私は証明できない主張をするつもりはない。
しかし、こうは言いたい。すべての責任を頭上の空に押し付ける前に、私たちは自分たちの足元で何が起きているのかを直視しなければならない。
アルミニウムは地殻で最も豊富な元素の一つであり、常にそこに存在してきた。問題は、土壌中のアルミニウムが増えたことではなく、利用可能な状態(可給態)のアルミニウムが増えていることにある。
土壌が崩壊するとき、私たちも崩壊する
土壌のpH(ペーハー)が低下すると、アルミニウムは安定した鉱物の形から溶け出し、可溶性のアルミニウムイオン(特にAl³⁺)へと変化する。この形態になると植物の根にとって毒性を持つ。根の発達を阻害し、養分の吸収を妨げ、最終的には植物の健康と収穫量を損なう。
ある農家からは、アルミニウムの数値が徐々に上がったのではなく、わずか1年で5倍に跳ね上がったという話も聞いた。そのような急増を目の当たりにすると、何かが新しく投入されたように感じるかもしれない。しかし、土壌の仕組みは通常そうではない。
アルミニウムはほとんどの土壌にすでに存在し、安定した形で固定されている。pHが低下したり、有機物が減少したり、あるいはミネラルを保持する微生物生態系が崩壊し始めたりすると、アルミニウムは可溶性の形態へと放出され、検査数値に現れ、植物にとって有害となる。つまり、数値が急変したのはアルミニウムが突然降ってきたからではなく、土壌がある「閾値」を超えたために、元々あったが眠っていた成分が、植物に悪影響を与える形へと姿を変えただけなのだ。
この変化を引き起こす原因は謎ではない。
窒素系肥料(特にアンモニア態)の長年の使用: 土壌の酸性化を促進する。
耕起(耕うん): 土壌構造を破壊し、鉱物の風化を早める。
有機物の喪失: 土壌の主要な緩衝システム(pH変化を抑える機能)を失わせる。
微生物や菌類ネットワークの減少:ミネラルを安定した状態に閉じ込め、植物に害を与えないように繋ぎ止めておく「土の自浄作用」が失われる。
したがって、農家が土壌検査で高いアルミニウム値を検出したとき、それはアルミニウムが突然現れたのではなく、私たちがそれを「可溶性で反応性が高く、有害なもの」に変えてしまう条件を作り出した結果かもしれないのだ。
カドミウムと慣行農法の代償
カドミウムについては事情が異なるが、これもまた私たちの農業手法に行き着く。
カドミウムは通常、外部からの供給源がない限り、健全な土壌で高濃度に発生することはない。農地に入る最も一般的な経路の一つはリン酸肥料である。リン酸原料となる岩石には、天然の不純物としてカドミウムが含まれていることが多い。散布のたびに少量のカドミウムが土壌に加わり、時間をかけて蓄積されていく。
農家がカドミウムの出どころを問うとき、その答えは耳が痛いほど明白である。少なくともその一端は、我々自身の農業のやり方に責任があるのだ。
私はここで、従来の「慣行農法」と、土を再生させる「環境再生型農業」を比較した対照データをもっと見てみたいと考えている。堆肥などの有機物を蓄え、常に植物で地表を覆い、微生物を活発に育てている土壌でも、同じようにアルミニウム数値の急増は起きるのだろうか。既存の科学が示唆する答えは「ノー」である。
なぜなら、アルミニウムが毒性を発揮するかどうかは、単に土の中にどれだけ量があるかではなく、「土の酸性度」と「生き物の豊かさ」に深く関わっているからだ。土のpHが約5.5を下回ると、アルミニウムは溶け出し、牙を剥く。つまり、すべては人間の「土の管理」次第なのである。
疑念の背景と市場の論理
人々が疑念を抱く要因は他にもある。現在、アルミニウム毒性に耐性を持つように遺伝子組み換えされた種子が存在する。気象制御技術に投資しているのと同じ企業や機関が、人々が恐れている「まさにその環境」で生き残るための種子にも投資しているように見える。人々が点と点をつなぎ合わせて疑うのは、決して不合理なことではない。
しかし、別の説明もつく。私たちは1970年代から、意味のある軌道修正をほとんどせずに何十年も土壌を劣化させてきた。土壌の酸性化が進み、植物が有害なアルミニウムを吸収しやすい環境になれば、それは農家にとって死活問題となる。問題があるところには市場が生まれる。 企業はその隙間を埋めるために、過酷な条件に耐えうる種子を開発するのである。
解決策は足元にある
私は、米国憲法で認められた権利、そして神から与えられた権利を断固として信じている。それには、自分たちの土地や家族の上に未知の化学物質を散布することに「同意しない」と言う権利も含まれる。
同時に、私たちは真に栄養のある食べ物や、汚染されていない水を得る権利も持っている。
頭上で何が起きているか(あるいは起きていないか)について、私は決定的なデータを持っていない。しかし、広範な土壌検査の結果や科学論文、そして土壌学者が現在の進行方向に警鐘を鳴らしている事実は知っている。ある予測では、私たちは土壌の生産能力を急速に使い果たしている。その予測が正確かどうかは別として、方向性が誤っているのは明らかだ。
たとえ明日、空に関するすべての懸念が事実だと証明されたとしても、地上で行うべき解決策は変わらない。
我々が進むべき道は一つである。
土壌に豊かな「有機物」を戻し、多様な「生命」を育むこと。そして、一年中絶やすことなく「生きた根」を大地に張らせることだ。養分をスムーズに循環させ、ミネラルを安全な形に保ってくれる「微生物や菌類のネットワーク」を、もう一度作り直さなければならない。
水に溶けやすい窒素肥料をただ注ぎ込むだけの農業はやめ、植物が「欲しい時」に「欲しい形」で、生き物たちの手によって栄養が届けられる仕組みへと移行すべきである。
そもそも、この地球上に窒素が足りない土壌など存在しない。ただ、そこにある窒素を循環させて植物に届ける「生き物」がいない土壌があるだけなのだ。
植物は自らミネラルを生み出すことはできず、そのすべてを土壌から受け取っている。しかし、土の中の生態系(土壌食物網)が正しく機能していなければ、ミネラルは土の奥深くに閉じ込められたままになる。それどころか、本来は栄養となるはずの成分が、助けになるどころか牙を剥き、有害な形へと姿を変えてしまうのだ。
その結果、見た目は立派だが、根本的に壊れたシステムの中で育てられた食べ物を手にすることになる。生物の力ではなく、投入資材(肥料)によって作られた、見かけ倒しの野菜だ。そして、私たちはなぜ自分の体の調子が悪いのかと首を傾げる。
このサイクルは続く。枯渇した土壌は枯渇した食べ物を生み、枯渇した食べ物は枯渇した人間を作る。
母はいつも冗談めかして、体調が悪かったり物忘れをしたりすると「ケムトレイルのせいだわ」と言う。それはある種の文化的な現象なのかもしれない。私たちは、物事が崩壊していく理由を説明するために、何か指を差せる対象を探している。
本当のところ、私は何を責めるべきか正確には知らない。しかし、これだけは分かっている。私たちは何十年も土壌を劣化させ、生物性や有機物、そして回復力を剥ぎ取ってきた。
頭上の空で何が起きていようとも、我々が地上で行うべきことは変わらない。
かつて我々が、有害なアルミニウムを溶け出させるような悪い条件を作ってしまったように、今度はその逆ができるはずだ。窒素やリン、カリウム、そして無数のミネラルを「命を養う栄養」として引き出すための環境は、我々の手で作り出せる。すべては我々の選択次第なのだ。
我々は、土壌を再生させる。

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