2003年1月、黒竜江省大興安嶺地区漠河市の法輪功学習者、里玉書さんが黒竜江女子刑務所に収監された。それに先立つ2002年5月、懲役12年の判決を受けていた。その後10年以上にわたり、刑務所側から「転向」、すなわち法輪功の修煉を放棄するよう強制されたが、刑務所側は最後まで目的を果たせなかった。
里さんが残した手記によると、長年続いたこの「転向」の強要には、刑務官だけでなく、多数の刑事犯の受刑者が直接関わっていた。受刑者らは里さんの一挙一動を監視する役割を与えられ、拘束、殴打、体罰、強制的な食物注入にも直接加わった。
ここで、問い直すべき問題が浮かぶ。なぜ、これらの受刑者が他の受刑者の生活に介入し、その身体まで支配できたのか。誰がそのような権限を与えたのか。
1.収監 「集中訓練」から始まる
里玉書さんは、黒竜江省大興安嶺地区アムール林業局の教育委員会主任を務め、1996年に法輪功の修煉を始めた。1999年7月に中共が法輪功への迫害を始めて以降、長期にわたり迫害を受けた。明慧網によると、2002年5月19日に拉致され、間もなく違法に懲役12年の判決を下された。

2003年1月、里さんは黒竜江女子刑務所に収監された。「集中訓練監区」に2か月間拘禁された後、第1大隊に移され、その後、第10監区(病気の受刑者を収容する監区)や第11監区(転向の強要に重点を置く「攻堅大隊」)などに収容された。
なぜ「集中訓練」から始まるのか。明慧網によると、2002年後半以降、黒竜江女子刑務所に収監された法輪功学習者は全員、入所すると直ちに「集中訓練監区」に入れられた。「厳管隊」とも呼ばれ、法輪功学習者たちは「最初の地獄の関門」と呼んでいた。
集中訓練隊の刑務官、「610弁公室(1999年6月10日に設立された、法輪功迫害を専門とする違法組織)」の職員、各監区の責任者が、法輪功学習者に「転向」を強要した。
「転向」とは、法輪功の修煉と「真・善・忍」への信仰を放棄させ、修煉をやめるとする「保証書」「悔過書」「決別書」「批判書」の、いわゆる「4つの文書」に署名させることだ。
明慧網によると、同刑務所は2002年、法輪功学習者に対する強制洗脳と迫害の方法を学ばせるため、刑務官の一団を他地域に派遣した。帰還後、学習者に対し、交代で絶え間なく洗脳を行うほか、殴る、罵倒する、両手を背中側で手錠につなぐ、体罰を加える、縛る、髪を引っ張るなどの迫害を実施した。
公開資料には、里さんが集中訓練監区でどのように「転向」を強要され、苦しめられたかの具体的な記述はない。しかし、これは迫害の最初の段階にすぎなかった。長い収監生活を通じ、里さんは一貫して刑務所側が「転向」を強要する重点対象だった。
2.「包夾」 刑務官のもう1つの手
刑務所には「包夾」と呼ばれる特別な役割がある。法輪功学習者には、監視役の受刑者である「包夾」が、しかも複数人ずつ付けられた。学習者に付きまとい、その行動を監視し、強制的に「転向」させることが任務だった。
監視役は学習者の煉功を妨げ、互いに話すことも許さなかった。学習者の状況を随時刑務官に報告し、新たな指示を実行することもできた。こうして監視役は、刑務官のもう1つの手となった。
当時、刑務所には詐欺罪で無期懲役を言い渡された王鑫華という受刑者がいた。里さんによると、王は非常に体格がよく、法輪功学習者に対する殴打はすさまじかった。里さんの監視役を5回、計3年間務め、意のままに殴打や罵倒を加え、さまざまな方法で苦しめた。
里さんの手記は、刑務官から監視役を経て、具体的な暴力に至る過程を示している。刑務所の管理者が要求を出し、監区の職員が実行を手配し、刑事犯の受刑者が監視役となり、「転向」を拒否する学習者が迫害されるという流れだ。
なぜ監視役の違法行為が、刑務所の管理体制の中で繰り返され続けたのか。
ここで注目すべきなのは、監視役の残忍さだけではなく、その背後で操る者たちだ。
3.強制的な食物注入 受刑者が「看護師」に
2004年8月、里さんと数十人の法輪功学習者はハンガーストライキを始め、囚人服の着用と労働を拒否した。全員が両手を背中側で手錠につながれ、昼は立たされ、夜は床に手錠でつながれた。里さんは殴打で左腕の骨を負傷し、痛みで腕を上げられなくなった。さらに、成分不明の薬物を静脈注射で強制投与される状態が、4か月間続いた。
2005年1月も、里さんはハンガーストライキを続けていた。
手記によると、1月10日、「受刑者看護師」と呼ばれる鄭冬梅が、里さんに胃管を挿入した。
監視役の呉湘芬が里さんにまたがり、髪を引っ張った。鄭は胃管を誤って気管に入れた。里さんは息ができなくなり、必死にもがいた。大きな注射器1本分の粉ミルクを注入されると、粉ミルクとともに鮮血を吐き出した。このような注入が3日間続いた。

数日後、別の「受刑者看護師」、商暁梅が食物を注入した。商は殺人罪で無期懲役を言い渡されていた。
里さんによると、商暁梅は法輪功学習者にニンニク、濃い塩水、唐辛子水を注入した。その後、吐き出せないよう開口器で口を限界まで開かせ、何時間もそのままにした。

里さんの記述から、「受刑者看護師」は正式な医療従事者ではなく、受刑者だったことが分かる。
「転向」の強要は、言葉や思想面での圧力にとどまらず、身体の直接的な支配にも及んでいた。
4.病気の受刑者の監区 刑事犯が迫害の実行役に
2005年3月、里さんは病気の受刑者を収容する第10監区に移された。名称からすれば、主に病気や医療的なケアを必要とする受刑者のための場所だ。しかし、里さんの手記によると、ここでも法輪功学習者への「転向」を強いる迫害が行われていた。
刑務所側は、第10監区の3階にも、学習者の「転向」を専門に担当する刑事犯の受刑者を配置していた。
里さんの記録によると、殺人犯の徐臻が、第10監区3階で法輪功学習者への「転向」の強要を専門に行っていた。徐は当時1階にいた里さんを無理やり3階へ運び、囚人服を着せ、法輪功を中傷するビデオを見るよう強制した。
詐欺犯の単玉芹は、法輪功学習者を全身傷だらけになるまで殴ることが常だった。刑務官の曲華は、単に里さんを迫害させた。
ある時、里さんの監視役を何度も務めた王鑫華と単玉芹らが、里さんに食物を強制注入した。里さんにまたがり、腕をねじり、頭や足を押さえ付け、スプーンで口をこじ開け、開口器で口を開かせ、箸で舌を押さえ、喉から管を入れた。里さんはそのたびに血を噴き出すことが多かった。
刑事犯の受刑者は、監視役に指定されると、他の受刑者の生活に自由に介入し、その身体まで支配できるようになった。
医療的なケアを主な役割とする監区まで、特定の受刑者への「転向」強要に使われていたことは、刑務所側が法輪功学習者に修煉を放棄させることを、いかに重視していたかを示している。
5.拘束、舌への突き刺し、親指の骨折
里さんによると、2005年5月、7日間にわたり椅子に縛り付けられ、眠ることを許されなかった。目を閉じると、受刑者がつまようじでまぶたを支え、耳を引っ張った。
2005年6月2日、王鑫華は箸で里さんの舌を突き刺した。箸が折れると、その折れた先を舌の奥深くまで突き刺した。苦痛は言葉では表せないほどだった。何年も後、この件に触れた際、その場にいた受刑者看護師の商暁梅は「まさに血まみれの、生死を懸けた闘いだった」と述べたという。
2006年のある日、里さんはベッドに座り、片手のひらを立てて「発正念」(意念によって邪悪な要素の妨害を取り除くこと)を行っていた。殺人罪で無期懲役となった何穎傑がこれを見つけて駆け寄り、里さんの左手の親指を力任せに反らし、骨折させた。里さんは当時の痛みを「身が引き裂かれるようだった」と記している。それでも両手で「大蓮花手印」という手の形を作り続けた。何穎傑は驚いて里さんを見つめ、「死を恐れない人間には、誰も手の施しようがない」と言った。
後に、右手の親指も王鑫華によって折られた。
6.病気の受刑者の監区から「攻堅大隊」へ
2006年11月13日、里さんは「攻堅大隊」と呼ばれる第11監区に移された。この監区では、長期間「転向」を拒否してきた法輪功学習者を、さまざまな手段で屈服させようとしていた。
里さんが囚人服の着用を拒むと、監視役5人が飛びかかってきた。里さんは「法輪大法好(法輪大法は素晴らしい)」と叫んだ。監視役は毎朝、囚人服を着るよう要求したが、里さんはその都度拒んだ。
2007年8月、刑務官は監視役の蔡琳と袁安芬に拘束ベルトを渡した。里さんが煉功をすると、2人は拘束ベルトで縛り、ベッドにも縛り付けた。

これらの記述から、刑務官は監視役に里さんの監視を命じるだけでなく、拘束具も直接渡し、身体を拘束するよう求めていたことが分かる。
これは、ある刑務官による一時的な行為ではなかった。異なる担当者を通じて繰り返し実行され、法輪功学習者に継続的な圧力をかけていた。
7.10年以上たっても「転向」せず
里さんによると、2012年3月、副監区長の趙暁帆が受刑者の一団を率いて里さんを病院の入院区画に引きずっていき、監視役に囚人服を着せさせ、粘着テープで縛らせた。
手記には、体格のよい受刑者数人が無理やり囚人服を着せようとしたことや、受刑者が足で里さんのすねを踏み、髪をつかんで頭を壁にぶつけ、拘束ベルトで両手をきつく締め付けたことが記されている。
2013年、里さんは再び刑務所病院へ強制的に連れて行かれ、隔離された。「法輪大法好」と叫び続け、その間、監視役に十数回平手打ちされた。
2003年の収監から2014年の刑期満了による出所まで、里さんは刑務所で10年以上を過ごした。「転向」の強要は途切れなかったが、里さんは最後まで、いわゆる「転向」を受け入れなかった。

結び「転向」の背後にある権力関係とは
里さんの経験をたどると、目にするのは衝撃的な個人の体験だけではない。それ以上に重要なのは、問い直すべき現象が示されていることだ。刑務所で「転向」を拒否する法輪功学習者を支配する者の多くが、なぜ刑事犯の受刑者なのか。
里さんの10年以上にわたる経験は、黒竜江女子刑務所が法輪功学習者に「転向」を強要する方法の縮図にすぎないのだろうか。そして、同刑務所の「転向」の仕組みは、中国の刑務所における「転向」体制の一端を映すものなのだろうか。
(続く)
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